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DBさん
DB
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ミトラが生まれ広まる本
ミトラ教は古代ローマ帝国が取り入れた神々の中の一柱として名前は知っていたが、どのような宗教なのかは知らなかった。
ミトラはイラン文化で生まれたマズダー教の一宗派で、イランの古い自然崇拝という性格を保持したアーリア人の神だった。
ミトラはその名が古代ギリシアでよく知られていた唯一のイラン神で、バビロニアからインド、アッシリアに至るまで広まっていた。
ヘレニズムの影響を受けながらもオリエント的な性質を保ち、小アジアを経てローマへやってくる。

ミトラは「天の光の精霊」であり、「広い牧場の主」で悪の精霊たちと戦う軍神で、ミトラ崇拝はマズダー教の典礼に従った厳格な儀式があった。
ミトラがローマ帝国にやってきたのは遅く、エジプトのイシスやセラピス、カルタゴのアスタルテやカッパドキアのベロナ、シリアの女神デア・シュリナがローマで信者を獲得するもペルシアの密儀はローマの外にあった。
カッパドキアやポントス西部、コマゲネと小アルメニアがローマの支配下にはいることでアジア億千と西方の人や物資、そして観念の交流を引き起こす。
ローマにミトラを持ち込んだのはウェスパシアヌス帝の治世の第十五軍団で、軍人たちに信仰されるようになり彼らの移動に伴って勢力を拡大していった。
ミトラの軍神という性質を考えればこれも当然だろう。
ゲルマニアに最も多くのミトラ神殿が出土しているのも、軍団の移動と引退後の入植による人の動きで説明できるそうだ。

コンモドゥス帝の時代からミトラは皇帝崇拝と結びついて繁栄していく。
それまで行政長官という地位だった皇帝の権力をさらに高めるために宗教が利用されたのだろう。
岩から短剣で武装し帽子をかぶった姿で生まれたミトラですが、同じくアジアで生まれたキリスト教とぶつかり消えていく。
だが12月25日は冬至の後の太陽の復活を祝うミトラ教最大の祭儀であったり、善悪二元論や終末思想といった教義はキリスト教にも受け継がれたのだろう。
ミトラの後継者はマニ教だそうです。

表紙のミトラ神像は大英博物館にあるそうですが、牛を殺すミトラの図像が多数残されているそうです。
宗教観についてはよくわからないことも多かったが面白かった。
イランで始まりオリエントからローマへと広がったミトラ教の成り立ちや教義、伝播と後の宗教への影響について詳しく書かれた本だった。
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DB
DB さん本が好き!1級(書評数:2034 件)

好きなジャンルは歴史、幻想、SF、科学です。あまり読まないのは恋愛物と流行り物。興味がないのはハウツー本と経済書。読んだ本を自分の好みというフィルターにかけて紹介していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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