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紅い芥子粒
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俺の父は何か 母は何か、其れが知り度くなった。/ ああ、俺は一体何だらう。(村山槐多『酒顛童子』より)
村山槐多は、詩も小説も書いた早逝の画家。
結核を患っていたところにスペイン風邪にかかり、結核性肺炎で23歳で没した。
医師から絶対安静をいい渡されていたのに、失恋のため狂乱して嵐の中へ飛び出して行ったのだという。
詩も小説も画も、悪魔的で耽美的。この人が、せめてあと二十年生きながらえていたら、どんな画を描き、詩を詠んだかと、惜しまれてならない。

 
 俺の父は何か 母は何か、其れが知り度くなつた。
 ああ、俺は一体何だらう。


村山槐多の詩「酒顛童子」の一節である。

槐多の母、山本タマは、若いころ森鴎外の女中をしていた。
父は、鴎外の弟の家庭教師だった。
槐多が生まれたのは1896年で、そのとき鴎外は34歳。
最初の結婚に破れて、独身だったころだ。
もしかしたら、槐多は鴎外の……、とわたしは邪推した。
そこで探し出したのがこの本、「森鴎外と村山槐多の<もや>」(佐々木央・著)。

<もや>を晴らすために、著者は、槐多や槐多の両親の戸籍謄本を調べ、出生地を訪ね歩き、親類縁者の証言を聞きまわり、鴎外やその子女が書いた本を読みあさり、たいへんな調査を重ねる。

努力のかいはなく、<もや>は<もや>のままで、晴れることはなかったが……

鴎外は、1890年にさいしょの結婚に破れ、1902年に再婚するまで独身だった。
心配した鴎外のお母さんが、隠し妻をすすめたという。
「雁」のモデルになった、児玉せきさんだ。
舞姫だけじゃなく、鴎外の女性遍歴は、なかなかのものなのだ。
「雁」の主人公の名が玉で、槐多の母の名がタマなのは、偶然だろうか。
写真で見ると、槐多のおかあさんは、鴎外好みかどうかはわからないが、なかなかの美人である。

著者は、若くして世を去った槐多の交友関係にも筆を進める。
従兄の山本鼎や若い画家たちはもちろん、横山大観や有島武郎には才能を高く評価されて庇護を受けていた槐多。詩人では草野心平の名前もある。しかし、ここに鴎外の名はない。

画家・山本鼎の両親も森家に奉公していたことがあり、鼎の母は槐多の姉である。
鴎外は鼎の結婚の媒酌人もしていた。
鴎外は槐多とも近しいはずなのに、不自然なほど疎遠だと、著者は感じている。

謎は謎のままで。
鴎外が60歳で世を去ったのは、槐多の死の三年後だった。
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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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