ぽんきちさん
レビュアー:
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よるの京都は別のまち
第3回京都文学賞受賞作。
京都に散歩を愛する怪獣がいる。土蜘蛛の怪獣である。足は(訳あって)6本。その名もエイザノンチュゴンス(比叡山の僧・智籌(ちちゅう)+怪獣風に「ゴン」+恐竜風に「ザウルス」→長すぎるので適当に短縮)。覚えにくいので、通称を「ゴンス」とする。要は名前など何でもよいのである。
ちょっと忘れっぽいので、「ビボう六」というノートを持ち歩き、忘れてはいけないことを書き留めている。つまりこれは「備忘録」なのだ。
世界には大切なことが6つある、とゴンスは思っている。
ビボう六に書いたビボうは5つまでたまった。
6つ目は飛び切り素敵なことに違いない。
ゴンスはそれを見つけるのを楽しみにしている。
ある夜、いつものように散歩していたゴンスは、二条城で1人の女の人に出会う。彼女はぐっしょり濡れて倒れていた。ゴンスは彼女を助け、話を聞く。
女性は小日向と名乗った。
なぜそこに倒れていたのか覚えていないという彼女はしかし、白いかえるを探しているのだという。
ゴンスは、彼女がかえるを探すのを手伝ってやることにする。
手がかりを求めて、2人はあちこちを歩く。
北野天満宮の夜店。運試しの大黒様。
祇園のバー。ゼリーが有名な純喫茶「ソワレ」。
ゴンスは徐々に彼女に魅かれてゆく。
夜、異界のゴンスと散歩する小日向には、現世に別の姿があった。
ひなたと呼ばれる不幸な若い娘である。
寄る辺なく京都に流れてきた。
家族に恵まれず、親に捨てられ、祖母に育てられた。容姿にも自信がなく、整形手術を受けた。
水商売で働くが、他のかわいい女の子の引き立て役となっている。
一緒に暮らしている彼氏もひなたのことを大事にしているわけではない。
ひなたはそんな彼氏から京都の妖怪伝説の話を聞く。
昼のひなたと夜の小日向が1章ごとに交錯する。
夜の優しいそぞろ歩きは、ゴンスと小日向をどこに連れていくのか。
ゴンスが見つける最後の「ビボう六」は何か。
幕切れは切ない。
以下、蛇足的雑感だが(もしかしたらネタバレ気味?)。
毛色の変わったファンタジーとして読んで終わりにしてもよかったのだが。
ゴンスの造形はとても魅力的だと思うのだが、ちょっと引っかかるのは現世のひなたのあまりの「救われなさ」だ。
祖母は暴力的だった。ひらがなの「ぬ」と「め」の区別が難しいというのは、特に幼いころにはありがちなことだが(加えてひなたには若干学習障害の傾向があったのではないだろうか?)、それに対して激高して分厚い辞書で頭を殴るなど、明らかに行き過ぎである。結果としてひなたは自己肯定感が著しく低いまま育つ。そして、付き合ってはダメな薄情な男を好きになって、当然のように捨てられる。
差し伸べられる手はなく、ひなたの想いは内へと籠っていく。誰も彼女の辛さに気づかない。
・・・だから、鵺(ぬえ)にでもなるしか仕方ないというのか・・・?
というか、鵺になるにはそこまで鬱屈した境遇にならなきゃダメなの・・・?
ちょっとやるせなさすぎじゃないですか・・・?
こうなるとゴンスも忘れてるだけで、過去によっぽどひどいことがあったんだろうかといろいろもやもやしてしまう(いやまぁ実際、土蜘蛛として討たれているわけだが)。
野暮を承知で言うが、ひなたに必要なのは、本当に、妖怪の世界に生まれ変わることなのだろうか? それはそれでもいいのかもしれないけれど、本当にそれでいいのかなぁ・・・。
そもそも彼女は妖怪に生まれ変わりたいと主体的に思っているようにも見えないのだ。
怪獣としての自身が好きであるゴンスは素敵だが、ひなたには鵺にはならず、現世で救われてほしい気がする。
現世での「翼」は見つからないのだろうか。見えなくてもそれはあるのではないか。
著者自身も若い女性であるようだが、ひなたをこのように描く意図が、私はうまく呑み込めずにいる。特に著者自身の投影にも思えないし。
令和の不幸の典型ってこういうものなの・・・?
細かいことだが、クマゼミの鳴き声を「シネシネシネ」と聞きなしているのもちょっと引っかかる。私は「シャワシャワシャワ」だと思っている。クマゼミ、確かにうるさいのだが、別に他の存在に「死ね」とは思っていないと思う。
*ちなみにゴンスの名前のもとになっている「比叡山の僧 智籌」というのは、歌舞伎の「土蜘(つちぐも)」に出てくる名前のようですね。蜘蛛を音読みすると「ちちゅう」となるのだそうで、それに別の字を当てたようです。能の『土蜘蛛』や、さらに原典(?)の「平家物語・剣巻」では「法師」とのみあり、特に名前はない模様。やや別系統にあたるのか、『土蜘蛛草子』の蜘蛛は法師ではなく老婆に化けています。
京都に散歩を愛する怪獣がいる。土蜘蛛の怪獣である。足は(訳あって)6本。その名もエイザノンチュゴンス(比叡山の僧・智籌(ちちゅう)+怪獣風に「ゴン」+恐竜風に「ザウルス」→長すぎるので適当に短縮)。覚えにくいので、通称を「ゴンス」とする。要は名前など何でもよいのである。
ちょっと忘れっぽいので、「ビボう六」というノートを持ち歩き、忘れてはいけないことを書き留めている。つまりこれは「備忘録」なのだ。
世界には大切なことが6つある、とゴンスは思っている。
ビボう六に書いたビボうは5つまでたまった。
6つ目は飛び切り素敵なことに違いない。
ゴンスはそれを見つけるのを楽しみにしている。
ある夜、いつものように散歩していたゴンスは、二条城で1人の女の人に出会う。彼女はぐっしょり濡れて倒れていた。ゴンスは彼女を助け、話を聞く。
女性は小日向と名乗った。
なぜそこに倒れていたのか覚えていないという彼女はしかし、白いかえるを探しているのだという。
ゴンスは、彼女がかえるを探すのを手伝ってやることにする。
手がかりを求めて、2人はあちこちを歩く。
北野天満宮の夜店。運試しの大黒様。
祇園のバー。ゼリーが有名な純喫茶「ソワレ」。
ゴンスは徐々に彼女に魅かれてゆく。
夜、異界のゴンスと散歩する小日向には、現世に別の姿があった。
ひなたと呼ばれる不幸な若い娘である。
寄る辺なく京都に流れてきた。
家族に恵まれず、親に捨てられ、祖母に育てられた。容姿にも自信がなく、整形手術を受けた。
水商売で働くが、他のかわいい女の子の引き立て役となっている。
一緒に暮らしている彼氏もひなたのことを大事にしているわけではない。
ひなたはそんな彼氏から京都の妖怪伝説の話を聞く。
昼のひなたと夜の小日向が1章ごとに交錯する。
夜の優しいそぞろ歩きは、ゴンスと小日向をどこに連れていくのか。
ゴンスが見つける最後の「ビボう六」は何か。
幕切れは切ない。
以下、蛇足的雑感だが(もしかしたらネタバレ気味?)。
毛色の変わったファンタジーとして読んで終わりにしてもよかったのだが。
ゴンスの造形はとても魅力的だと思うのだが、ちょっと引っかかるのは現世のひなたのあまりの「救われなさ」だ。
祖母は暴力的だった。ひらがなの「ぬ」と「め」の区別が難しいというのは、特に幼いころにはありがちなことだが(加えてひなたには若干学習障害の傾向があったのではないだろうか?)、それに対して激高して分厚い辞書で頭を殴るなど、明らかに行き過ぎである。結果としてひなたは自己肯定感が著しく低いまま育つ。そして、付き合ってはダメな薄情な男を好きになって、当然のように捨てられる。
差し伸べられる手はなく、ひなたの想いは内へと籠っていく。誰も彼女の辛さに気づかない。
・・・だから、鵺(ぬえ)にでもなるしか仕方ないというのか・・・?
というか、鵺になるにはそこまで鬱屈した境遇にならなきゃダメなの・・・?
ちょっとやるせなさすぎじゃないですか・・・?
こうなるとゴンスも忘れてるだけで、過去によっぽどひどいことがあったんだろうかといろいろもやもやしてしまう(いやまぁ実際、土蜘蛛として討たれているわけだが)。
野暮を承知で言うが、ひなたに必要なのは、本当に、妖怪の世界に生まれ変わることなのだろうか? それはそれでもいいのかもしれないけれど、本当にそれでいいのかなぁ・・・。
そもそも彼女は妖怪に生まれ変わりたいと主体的に思っているようにも見えないのだ。
怪獣としての自身が好きであるゴンスは素敵だが、ひなたには鵺にはならず、現世で救われてほしい気がする。
現世での「翼」は見つからないのだろうか。見えなくてもそれはあるのではないか。
著者自身も若い女性であるようだが、ひなたをこのように描く意図が、私はうまく呑み込めずにいる。特に著者自身の投影にも思えないし。
令和の不幸の典型ってこういうものなの・・・?
細かいことだが、クマゼミの鳴き声を「シネシネシネ」と聞きなしているのもちょっと引っかかる。私は「シャワシャワシャワ」だと思っている。クマゼミ、確かにうるさいのだが、別に他の存在に「死ね」とは思っていないと思う。
*ちなみにゴンスの名前のもとになっている「比叡山の僧 智籌」というのは、歌舞伎の「土蜘(つちぐも)」に出てくる名前のようですね。蜘蛛を音読みすると「ちちゅう」となるのだそうで、それに別の字を当てたようです。能の『土蜘蛛』や、さらに原典(?)の「平家物語・剣巻」では「法師」とのみあり、特に名前はない模様。やや別系統にあたるのか、『土蜘蛛草子』の蜘蛛は法師ではなく老婆に化けています。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:ミシマ社
- ページ数:0
- ISBN:9784909394958
- 発売日:2023年11月23日
- 価格:1980円
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