hackerさん
レビュアー:
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映画を観ながら連想していたのは、黒澤明の『影武者』でした。共に、偉大さの継承をテーマにした作品だからです。
本書は、映画の全カットと全台詞を収録したフィルムコミックです。ですから、この拙文は必然的に映画評になります。ご了承ください。上下巻に分かれていますが、当然併せたレビューとなります。
映画『君たちはどう生きるか』(2023年)は、『風立ちぬ』(2013年)の後で、一度引退宣言をした宮崎駿の10年ぶりの新作です。『風立ちぬ』を観ても、私はこれが彼の遺作になるとは思いませんでしたが、本作は鑑賞後、遺作になりそうだという想いを強く持ちました。
映画館で本作を観ながら、私が連想したのは、黒澤明の『影武者』(1980年)でした。共に、偉大さの継承をテーマにした作品だからです。『影武者』は武田信玄の死の後、遺言に従って、家中にもその死を秘して影武者をたてたものの、些細なことから正体が露呈し、最後は長篠の戦いにおいて新勢力である織田信長によって、武田軍の強さの象徴であった騎馬軍団が壊滅するまでを描いた作品です。本作は、太平洋戦争で主人公が疎開した地で、自分が築き上げた異世界(=映画の世界)に生きる大伯父に、自分は年老いたので、この世界を引き継ぐ後継者になってほしいと頼まれるものの、それを断ることによって、大伯父の世界は瓦解するというものです。この二作とも、死んだ若しくは死が近い偉大な人物が登場し、彼が作りあげた世界の維持・継承に、結果的に成功しないという物語です。そして、印象的なのは、そういう偉大な人物より若い世代が、既存の世界を破壊して、自らの道を歩むことを選択することです。それが、創造への道だということを理解したのでしょう。
ところで、日本語の創造という言葉は、なかなか含蓄のある言葉です。造という漢字は「大きなものをつくる」という意味ですが、創という漢字は、「絆創膏」や「満身創痍」という言葉から分かるように、本来は「刀傷」という意味があります。つまり、創造という言葉には「破壊」して「つくる」という意味が、しっかり入っているのです。
宮崎駿の作品では、常に火と水の描写が印象的なのですが、本作にもそれは当てはまります。火は「破壊」の象徴であり、水は「生成」の象徴であるのは、同じく火と水の描写にこだわるタルコフスキー監督の諸作からも明らかですが、本作で気づくのは、火に「破壊」のみならず、水につらなる「生成」の意味合いも感じられることです。象徴的なのは、大伯父が作った異世界に生きる主人公の真人の少女時代の母親が火を操る女性であるという点です。
先日放映されていた、NHKの『プロフェッショナル』では、『君たちはどう生きるか』制作過程の宮崎駿の苦闘が描かれ、大伯父は宮崎駿の生涯の師でありライバルでもあった高畑勲で、主人公真人は宮崎駿自身であるという趣旨の説明がなされており、それはそれで理のあることでしょうが、宮崎駿自身も、若い世代から見れば既に大伯父であることも事実でしょう。つまり、宮崎駿が高畑勲を克服する話であると同時に、若い世代に宮崎駿を超えていけ、それには継承・模倣するのではなく、宮崎駿の世界を壊していけと奨励しているような映画なのです。ですから、題名の「君たち」は、明らかに若い世代を意識したものですし、若いアニメーターのことを指しているのだと私は思います。
そもそも、天才の継承など不可能だと私は思っていて、それ故に天才と呼ばれるのです。ですが、宮崎駿は長い間後継者を探していたようで、自分を天才と思っていなかったのでしょう。『プロフェッショナル』を観ると、高畑勲という天才が身近にいたが故のことだったのかとも思います。しかし、本作公開後、日本テレビがジブリを買収したことは、本作が語っていることを考えれば、当然の結果だったような気がします。
本作には、観ていて、これは『風の谷のナウシカ』(1984年)だな、これは『となりのトトロ』(1988年)だな、これは『紅の豚』(1992年)だなというように、過去の作品を彷彿とさせるカットや場面が多々あります。また、水の描写が本当に素晴らしいです。映画の命は動きだということを、あらためて感じさせてくれます。ただ、こういう美しい場面の描写は、私の貧しい筆力の及ぶところではありません。ぜひ、映画館でご覧ください。繰り返しになりますが、宮崎駿の遺作となりそうな作品ですから。
さて、この拙文が年内最後のレビュー投稿になります。今年も、皆様には、色々な本の情報を教えていただいたり、参考になる書評を読ませていただきました。ありがとうございます。また来年もよろしくお願いいたします。どうぞ良い新年をお迎えください。
映画『君たちはどう生きるか』(2023年)は、『風立ちぬ』(2013年)の後で、一度引退宣言をした宮崎駿の10年ぶりの新作です。『風立ちぬ』を観ても、私はこれが彼の遺作になるとは思いませんでしたが、本作は鑑賞後、遺作になりそうだという想いを強く持ちました。
映画館で本作を観ながら、私が連想したのは、黒澤明の『影武者』(1980年)でした。共に、偉大さの継承をテーマにした作品だからです。『影武者』は武田信玄の死の後、遺言に従って、家中にもその死を秘して影武者をたてたものの、些細なことから正体が露呈し、最後は長篠の戦いにおいて新勢力である織田信長によって、武田軍の強さの象徴であった騎馬軍団が壊滅するまでを描いた作品です。本作は、太平洋戦争で主人公が疎開した地で、自分が築き上げた異世界(=映画の世界)に生きる大伯父に、自分は年老いたので、この世界を引き継ぐ後継者になってほしいと頼まれるものの、それを断ることによって、大伯父の世界は瓦解するというものです。この二作とも、死んだ若しくは死が近い偉大な人物が登場し、彼が作りあげた世界の維持・継承に、結果的に成功しないという物語です。そして、印象的なのは、そういう偉大な人物より若い世代が、既存の世界を破壊して、自らの道を歩むことを選択することです。それが、創造への道だということを理解したのでしょう。
ところで、日本語の創造という言葉は、なかなか含蓄のある言葉です。造という漢字は「大きなものをつくる」という意味ですが、創という漢字は、「絆創膏」や「満身創痍」という言葉から分かるように、本来は「刀傷」という意味があります。つまり、創造という言葉には「破壊」して「つくる」という意味が、しっかり入っているのです。
宮崎駿の作品では、常に火と水の描写が印象的なのですが、本作にもそれは当てはまります。火は「破壊」の象徴であり、水は「生成」の象徴であるのは、同じく火と水の描写にこだわるタルコフスキー監督の諸作からも明らかですが、本作で気づくのは、火に「破壊」のみならず、水につらなる「生成」の意味合いも感じられることです。象徴的なのは、大伯父が作った異世界に生きる主人公の真人の少女時代の母親が火を操る女性であるという点です。
先日放映されていた、NHKの『プロフェッショナル』では、『君たちはどう生きるか』制作過程の宮崎駿の苦闘が描かれ、大伯父は宮崎駿の生涯の師でありライバルでもあった高畑勲で、主人公真人は宮崎駿自身であるという趣旨の説明がなされており、それはそれで理のあることでしょうが、宮崎駿自身も、若い世代から見れば既に大伯父であることも事実でしょう。つまり、宮崎駿が高畑勲を克服する話であると同時に、若い世代に宮崎駿を超えていけ、それには継承・模倣するのではなく、宮崎駿の世界を壊していけと奨励しているような映画なのです。ですから、題名の「君たち」は、明らかに若い世代を意識したものですし、若いアニメーターのことを指しているのだと私は思います。
そもそも、天才の継承など不可能だと私は思っていて、それ故に天才と呼ばれるのです。ですが、宮崎駿は長い間後継者を探していたようで、自分を天才と思っていなかったのでしょう。『プロフェッショナル』を観ると、高畑勲という天才が身近にいたが故のことだったのかとも思います。しかし、本作公開後、日本テレビがジブリを買収したことは、本作が語っていることを考えれば、当然の結果だったような気がします。
本作には、観ていて、これは『風の谷のナウシカ』(1984年)だな、これは『となりのトトロ』(1988年)だな、これは『紅の豚』(1992年)だなというように、過去の作品を彷彿とさせるカットや場面が多々あります。また、水の描写が本当に素晴らしいです。映画の命は動きだということを、あらためて感じさせてくれます。ただ、こういう美しい場面の描写は、私の貧しい筆力の及ぶところではありません。ぜひ、映画館でご覧ください。繰り返しになりますが、宮崎駿の遺作となりそうな作品ですから。
さて、この拙文が年内最後のレビュー投稿になります。今年も、皆様には、色々な本の情報を教えていただいたり、参考になる書評を読ませていただきました。ありがとうございます。また来年もよろしくお願いいたします。どうぞ良い新年をお迎えください。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
この書評へのコメント
- hacker2023-12-24 10:43『乱』の三兄弟という設定は、『リア王』の三姉妹という設定より、リアリティがあると私は思っていて、それも「深堀り」の印象の一因なのでしょう。ただ、基本的に、黒澤明には、『七人の侍』『蜘蛛巣城』『用心棒』などを観ても分かるように、戦うことの愚かさへの憤りが根底にあるのだと思います。 
 
 それに限らず『生き物の記録』で、強烈に打ち出した原水爆への強い想いなどを観ていると、おっしゃるように、人間の愚かさというものに辟易していたように思います。『白痴』や『羅生門』なんかも、そうですよね。かと言って『羅生門』や『赤ひげ』のラストで分かるように、絶望しているわけではないのですね。『羅生門』は最初観た時にラストにちょっとガッカリしたものですが、現在では、ああいうラストにした黒澤明の気持がよく分かります。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。
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