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hackerさん
hacker
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宮内庁が編修した『昭和天皇実録』は平成2年から作業を始め、平成26年に全60巻が完成しました。本書は、その内容について、特に昭和天皇の戦争への係わりを中心の題材として検証したものです。
昭和天皇と戦争という題材では、1956年生まれの作者の山田朗は、既に『大元帥昭和天皇』(1994年)という本を著しており、私もレビューを書いていますが、2017年刊の本書は、2014年に完成を見た宮内庁編修『昭和天皇実録』を、「『昭和天皇実録』に残されたこと・消されたこと」という副題が表すように『大元帥昭和天皇』の内容に沿って検証したものです。ですから、作者も本書冒頭で断ってありますが、内容的にはかなり重複が見られます。

ただ、本書は、『昭和天皇実録』(以下『実録』)を単純に批判するのではなく、「その資料的価値は相当に高い(中略)歴史学研究にとっても、その意義は大きい(中略)軍事史の分野に限っても、大本営会議の日時や主な内容など『実録』によって確認できたものも少なくない。また、天皇側近でなければ記録することができない天皇の『肉声』ともいえる情報が記されているのも、『実録』ならではの特徴である」と『実録』を評価しています。しかし、「『実録』においては、(他の資料で確認できる)天皇の戦争・戦闘に対する積極的発言とみなされるものは、極めて系統的に消されてしまっている」とも述べています。執筆の態度としては、昭和天皇(以下『天皇』)の実像に対し、極力フェアに迫ろうというものであることは『大元帥昭和天皇』に共通しています。本書の内容に触れる前に、まず『大元帥昭和天皇』で語られているポイントを整理しておきます。

・天皇は、少年時代から、将来の天皇=大元帥となるための軍事の英才教育を受けた。ただし、あくまでも耳学問であり、実戦経験はない。
・軍事に対する素人などではなく、大元帥としての自分の責務はしっかり認識していた。
・陸海軍が天皇に裁可を仰ぐ(上秦)場合でも、唯々諾々と承認していたわけではない。張作霖爆殺事件に絡み、田中義一首相による関与した陸軍関係者の懲罰の説明が以前の説明と矛盾していたため、内閣総辞職を命じた例もある。
・天皇は精神論は嫌ったが、具体的な数字を出されて説明を聞くと受け入れる傾向があり、また、その数字の妥当性までは判断できなかった。
・天皇は「八紘一宇」(現人神である天皇を頂点とした世界統一)の思想に強い共感を覚えていた。
・日中戦争の拡大、太平洋戦争開戦については、当初は否定的だったが、後に追認するようになる。
・陸海軍は自軍の損害については比較的正確に天皇に伝えていたが、敵軍の損害については過大に報告していた。
・ガダルカナル、ニューギニアで日本の苦戦が明らかになった時期、1943年には、具体的な軍事にしきりに口出しをした。しかし、その地での敗北がはっきりしてからは、その意欲が減退する。
・1944年6月のマリアナ沖海戦で惨敗し、サイパン島が陥落してからは、具体的な軍事への積極的な発言は控えるようになる。
・天皇が終戦を決意したのは、1945年5月に、ムッソリーニの処刑とヒトラーの自殺を知ってからのことである。

本書でも、ほぼこれらのポイントが語りながら、いかに天皇の戦争に対する積極的発言が『実録』から削られているかを検証しています。ですから、あまり新味はないのですが、昭和天皇が時として軍事の細かい点まで口出しをして、的を得たものも少なくなったことが、本書では語られています。

例えば、ガダルカナル島の米軍飛行場を、1943年10月に高速戦艦『金剛』『榛名』が夜間砲撃に成功するという戦果をあげ、その翌月に同型の高速戦艦『比叡』『霧島』が二匹目のドジョウを狙って同じ作戦を実行しようとしたのですが、その上申を受けた昭和天皇は次のように発言しました。

「日露戦争に於ても旅順の攻撃に際し初瀬八島の例あり。注意を要す」

これは、旅順港閉塞戦における戦艦『初瀬』『八島』が機雷に触れて沈没した事例を挙げたもので、一度成功した作戦を安易に踏襲することをいさめたものです。これで分かるように、昭和天皇は古今東西の戦史には詳しかったようです。ところが海軍本部は「電報には及ばず」と判断したため、現地に天皇の発言が伝わった時には、作戦は既に始動していました。結果、米軍の新鋭戦艦2隻と遭遇した『比叡』『霧島』は沈没させられます。この第三次ソロモン海海戦は、太平洋戦争唯一の戦艦同士の撃ち合いであったこと、米軍が初めてレーダーを使った射撃を行い、それまでの日本の夜戦での優位性を打ち砕いたことで知られていますが、天皇の判断力を示す一例です。

ところが、これには裏話があって、空母隼鷹に乗船していた奥宮正武少佐が、当時連合艦隊の主力が集結していたトラック島に出向いた際、海軍関係者に「『大和』『武蔵』はともかく『長門』『陸奥』クラスを出撃させないのは何故か」と質問したところ「実は油がなくて」という返答があったことが著書『起動部隊』で述べられています。

実は、本書で紹介されている軍事に関する発言を読んでいると、補給の状況、兵力の実情に関してのものがないことに気づきます。おそらく、軍部はこういう報告をしておらず、昭和天皇もそういう点には深く質問をしなかったと思われます。本書には、こういう記述があります。

「梅津(陸軍参謀)総長が大連における打ち合わせより帰り、上秦せるとき、従来になき内容を申し上げた。
即ち在満支兵力は皆合わせても米の八個師(団)位の戦力しか有せず、しかも弾薬保有量は、近代式大会戦をやれば一回分よりないということを秦上したので、御上は、それでは内地の部隊は在満支部隊より遥かに装備が劣るから、戦にならぬではないかとの御考えを懐かれた様子である」

これは、高木海軍少将覚え書きからのもので、1945年6月9日付のものです。この時点で、こんな「従来になき内容」が天皇の耳に入ること自体、軍部の隠蔽体質が露骨に出たものと思います。作者も語っていますが、天皇自身が組織の長たる資質にまったく欠けていたとは、私も思いません。ただし、公の会議の場で天皇が何かを決定するということは、現人神が何かを決定して、それが正しくない若しくは実行できないという事態を避けるために、側近からも軍部からもそういうことはしないように進言されており(=圧力をかけられており)、自分の意を強行に押し通すことはしなかったようです。ですが、だからと言って、大元帥としての責任、日本が戦争に深い入りしていった責任、サイパン島陥落により日本の敗戦が避けられない状況となってからも戦争を続けた責任を免れるわけにはいきません。例としては飛躍しますが、最近BM社の社長が記者会見で「現場であんなことが行われているとはまったく知らなかった」という趣旨の発言をしましたが、仮にそれが嘘でなかったとしても、社長としての責任は逃れられないのと同じです。サイパン島陥落に関しては、その意味を十分理解していたことは、天皇の次の発言からも分かります。

「万一『サイパン』ヲ失フ様ナコトニナレバ東京空襲モアルコトニナルカラ是非トモ確保シナケレバナラヌ」(『中澤佑少将業務日誌』より)

『大元帥昭和天皇』のレビューでも書きましたが、個人的には、他の全てを忘れたとしても、国体護持、くだけて言うと「格好のついた敗戦」にこだわったために、終戦を引き延ばした天皇の責任は重いと思います。大元帥としての天皇は飾りなどではなく、我を通そうとすれば、できる立場だったのですから。東条英機などは陸相時代「私は、天子様がこうだと言ったら、はいと言って引き退ります」(『軍務局長 武藤章回想録』より)と言っていたそうです。また、私がよく思うのは、サイパン陥落後、実際に日本空襲が始まるまでの間、日本国民は空襲の可能性についてどれだけ警告を受けていたのかということです。これはよく分からない点です。


本書「おわりに」で、作者は次のように『実録』と天皇の戦争に対する姿勢を総括しています。それを紹介して、この拙文も終わりとします。

「『実録』における歴史叙述は、従来の『昭和天皇=平和主義者』のイメージを再編・進化するものであり、そのストーリー性を強く打ち出したものである」

「『実録』は、昭和天皇は、一貫して軍部の強硬な対外膨張、戦争遂行に憂慮し、事態の拡大や欧米列強との衝突を極力避けようとしたと描いている。これは、必ずしも全てが間違いではないが、天皇は事態を憂慮しつつも、大日本帝国の勢力圏・領土の拡張を常に容認してきたことも確かである。本論でも触れたように、マキャベリズムはいやだが(神代から伝わる)八紘一宇ならばよいという論理で、急激なやり方で国際秩序を破壊することは望まないが、機会をとらえて穏やかに見えるやり方で大日本帝国が膨張すること、日本軍の威武を内外に示すことは何等否定するものではなかったのである」
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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