休蔵さん
レビュアー:
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「You Tube」の「週末縄文人」の活動を書籍化したもの。「週末縄文人」は縄文時代の技術を試行錯誤しながら獲得する試みだ。動画のほうが面白いと考えていたが、書籍でしか表現されないものが確かにあった。
 「You Tube」で「週末縄文人」をはじめて見たのはいつだったろうか。
スーツ姿の2人の男が、顔をそれぞれ「縄」と「文」のモザイクで隠した現代の縄文人が、縄文時代の技術に挑む動画である。
悪戦苦闘しながら、回り道を繰り返しつつ前に進む2人の活動が面白く、すっかり虜になってしまった。
そんな2人の活動が書籍となって登場。
動画のほうが面白いのでは、と考えていたものの、書籍にしか表現できないものが確かにあって、一気読みしてしまった。
かっちりとした写真も動画とは別の魅力を帯びていたし。
 
本書がとりあげる活動は「火起こし」と「磨製石斧作り」、「紐作り」に「土器作り」、そして「竪穴住居作り」である。
もちろん、「You Tube」ではもっと多くの活動がなされている。
何が書籍らしいかというと、その当初の心の機微が詳細に記述されていること。
動画で心を動きを細やかに解説することは、まあないだろう。
 
たとえば、火起こし。
いまだったらライターであっさりと確保できる火も自然の道具だけで確保しようと思うと相当の苦労が伴う。
もちろん、火起こしセットなんかは使わない。
余計な知識を事前に仕込み過ぎることもない。
確保したフィールドで入手した材料だけでの火の獲得。
それに要した期間はなんと2ヶ月。
苦労の先に出会った火は、ただただ美しいものだったようだ。
紐なんてささやかな企画ではないか。
撚ればいいのだろう、撚れば、と思っていたが、そもそも何を?から話は始まる。
丈夫な紐の獲得は、ほかの技術に革新をもたらせてくれる。
火起こしも手でキリキリするより、紐を理由した方が圧倒的に効率的という結論を経験から示している。
自前の紐で割けたスラックスも縫うことができたようだ。
そして、最終章の竪穴住居作りに、素材同士を結わえ付ける紐はなくてはならないもの。
そんな万能の道具だからこそ、土器にその模様を刻んだのではないかとの考察。
考古学は地中から出現したモノを相手にする学問。
遺物からうかがえることから「あ~だ、こ~だ」と議論を尽くし、もっともらしい論が生き残る。
モノに語らせることができないことを議論することは空論として終わることになる。
しかしながら、本書の取り組みは苦労の先の実感が伴う説得力を持つ。
実際のところは分からないが、それはモノから議論を積み重ねる考古学もあまり変わらないのかもしれない。
むしろ、自然を直接感じながら獲得した原始体験の説得力の高さはなかなかのものと感じた。
「縄」と「文」2人の取り組みは今後も続いていくという。
それは縄文時代に留まることなく、弥生時代、古墳時代と続き、江戸時代を経て現代回帰を目指すようだ。
でも、1万年以上も続いた縄文時代を通り抜けることは、一朝一夕にはいかないだろう。
個人的には縄文時代を追求し尽くす試みを期待したい。
「You Tube」で動画を更新しながら、不定期に書籍化して心内を吐露する活動の継続を期待したい。
スーツ姿の2人の男が、顔をそれぞれ「縄」と「文」のモザイクで隠した現代の縄文人が、縄文時代の技術に挑む動画である。
悪戦苦闘しながら、回り道を繰り返しつつ前に進む2人の活動が面白く、すっかり虜になってしまった。
そんな2人の活動が書籍となって登場。
動画のほうが面白いのでは、と考えていたものの、書籍にしか表現できないものが確かにあって、一気読みしてしまった。
かっちりとした写真も動画とは別の魅力を帯びていたし。
本書がとりあげる活動は「火起こし」と「磨製石斧作り」、「紐作り」に「土器作り」、そして「竪穴住居作り」である。
もちろん、「You Tube」ではもっと多くの活動がなされている。
何が書籍らしいかというと、その当初の心の機微が詳細に記述されていること。
動画で心を動きを細やかに解説することは、まあないだろう。
たとえば、火起こし。
いまだったらライターであっさりと確保できる火も自然の道具だけで確保しようと思うと相当の苦労が伴う。
もちろん、火起こしセットなんかは使わない。
余計な知識を事前に仕込み過ぎることもない。
確保したフィールドで入手した材料だけでの火の獲得。
それに要した期間はなんと2ヶ月。
苦労の先に出会った火は、ただただ美しいものだったようだ。
紐なんてささやかな企画ではないか。
撚ればいいのだろう、撚れば、と思っていたが、そもそも何を?から話は始まる。
丈夫な紐の獲得は、ほかの技術に革新をもたらせてくれる。
火起こしも手でキリキリするより、紐を理由した方が圧倒的に効率的という結論を経験から示している。
自前の紐で割けたスラックスも縫うことができたようだ。
そして、最終章の竪穴住居作りに、素材同士を結わえ付ける紐はなくてはならないもの。
そんな万能の道具だからこそ、土器にその模様を刻んだのではないかとの考察。
考古学は地中から出現したモノを相手にする学問。
遺物からうかがえることから「あ~だ、こ~だ」と議論を尽くし、もっともらしい論が生き残る。
モノに語らせることができないことを議論することは空論として終わることになる。
しかしながら、本書の取り組みは苦労の先の実感が伴う説得力を持つ。
実際のところは分からないが、それはモノから議論を積み重ねる考古学もあまり変わらないのかもしれない。
むしろ、自然を直接感じながら獲得した原始体験の説得力の高さはなかなかのものと感じた。
「縄」と「文」2人の取り組みは今後も続いていくという。
それは縄文時代に留まることなく、弥生時代、古墳時代と続き、江戸時代を経て現代回帰を目指すようだ。
でも、1万年以上も続いた縄文時代を通り抜けることは、一朝一夕にはいかないだろう。
個人的には縄文時代を追求し尽くす試みを期待したい。
「You Tube」で動画を更新しながら、不定期に書籍化して心内を吐露する活動の継続を期待したい。
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 ここに参加するようになって、読書の幅が広がったように思います。
 それでも、まだ偏り気味。
 いろんな人の書評を参考に、もっと幅広い読書を楽しみたい! 
この書評へのコメント
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書評一覧を取得中。。。
- 出版社:産業編集センター
- ページ数:0
- ISBN:B0CJLQTVB2
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