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ぽんきち
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朽ちる死体を見つめる意味
九相図は、東洋に伝わる、死体が腐敗し白骨となるまでを九段階に分けて描く絵画である。
仏教の修行の一環で、死体の変化を観想することで、自他の肉体への執着を捨てることを目的とする。古くは6世紀頃のもので、腐乱死体や白骨を見て瞑想する僧の姿が描かれた壁画があるというから、実に1500年ほど前から、こうした修行が存在したと見られる。
盛唐期には9場面で構成される九相図の形が成立。その後、中国よりもむしろ日本に根付き、さまざまな展開を見せることになる。その伝統は現代までも続いており、形を変えながら、九相図のメメント・モリ(死を想え)は受け継がれている。

本書では鎌倉時代から現代まで、おおむね年代順に、10の作品に関して解説する。
13世紀後半の「六道絵」、14世紀から17世紀にかけての「九相図巻」「九相詩絵巻」「九相詩」「小町曼荼羅」6作品、新しいところでは、19世紀後半の河鍋暁斎の「卒塔婆小町下絵画巻」、そして2000年代の山口晃「九相圖」、松井冬子「浄相の持続」と続く。

九相図の多くは、美しい女性が徐々に朽ちていくさまを描く。なぜそうであるかは、そもそもの成立が、僧侶の修行として、欲望を払うためであるとすれば、納得が行きやすい。男性である僧侶が欲望を覚えるのは、多くの場合、美しい女性であるからだ。
色欲(色や形あるものへの執着)・形容欲(優れた容姿に対する欲望)・人相欲(優れた面貌に対する欲望)等を除くために推奨されたのが不浄観である。不浄なもの、例えば腐乱死体などを見れば、美しい姿はかりそめのものであることがわかり、自然に欲望を抑えることができるというものだ。
若干わかったようなわからないような理屈なのだが、続いてきたところを見ると、修行として評価されるものだったのだろう。
九相図は文字通り、朽ちる過程を9つの段階にわけ、それぞれに名称がついている。経典・経論により若干の相違があるのだが、日本の九相図に大きな影響を与えた『摩訶止観』(仏教の解説書。天台三大部の1つ)では、脹相(ちょうそう)、壊相(かいそう)、血塗相(けちずそう)、膿爛相(のうらんそう)、青瘀相(しょうおそう)、噉相(たんそう)、散相(さんそう)、骨相(こつそう)、焼相(しょうそう)としている。
それぞれの相に合った図が描かれるわけだが、興味深いのは、現実の朽ちた様そのものを描くというよりも、経典や経論に書かれた説明に沿っている点である。絵師たちが屍を見ることはもちろん、あったのだろうが、それらを写実的に写すというよりは、参考にしつつ、経の内容を絵画化していたことになる。

九相図では亡くなった直後の絵(新死相)で、肩から胸・腕、足を見せるものがある。高貴な女人が死の床で肌を見せるということは実際にはなかったはずだが、その後の腐乱していく肉体との対比を見せるもので、これもある種の虚構である。

本書は文庫サイズだが、図版もカラーでかなり多く掲載されている。載っていないものでも、インターネット上で公開されている作品もあり、検索して参照することもできる。
つらつら眺めながら、この図を見て修行する僧はもちろんだが、画家・絵師の側も死や腐敗についてさまざま思いを巡らしただろうと想像する。あるいは地獄絵などと同様に、庶民にも絵解きなどがなされたものだろうか。

現代では、(平和な地域であれば)遺体を見る経験もさほど多くはなく、まして野ざらしの遺体が朽ちていく過程を見ることはほぼないわけだが。
人はいずれ死ぬ。そして肉体は朽ちる。
その当たり前のことを改めて考えたりする。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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