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hackerさん
hacker
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「猫は図々しくて、弱くて、人間に比べたら短い命やけれど、また戻ってくることも、もしかしたらあるかもしれへんね」(第三話のお医者さんの台詞)
「本物の猫?」
「よく効きますよ。昔から猫は百薬の長って言いますからね。ああ、つまりそこらへんの薬よりも、猫のほうがよう効くいう意味ですわ」

2023年刊の本書は、無題の五つの話が収録されている連作短篇集ですが、その第一話で交わされる会話です。題名通り、猫を処方するというアイデアが素晴らしいです。このアイデアの元は、おそらく荻上直子監督・脚本の映画『レンタネコ』(2013年)でしょう。映画の方は、祖母が遺した日本家屋で、たくさんの猫と暮らしているヒロイン、サチコ(市川実日子)が、リヤカーに猫たちを乗せて「え~、レンタ~ネコ...ネコ、ネコ」と拡声器で言いながら、いろいろな人に猫をレンタルするという話です。お客の中では、夫と愛猫に先立たれ、猫を飼っても最後まで面倒を見られそうもないので、自分が死ぬまでの間だけということでレンタルする老婦人が印象的でした。レンタルした猫に惚れこんでしまい、サチコから譲り受ける客もいたりして、猫可愛がりというよりは、孤独なり問題なりを抱えている人間たちと猫の関係を描いた映画で、小品ながら、とても印象に残っています。

さて、本書で、猫を処方するのは『中京こころのびょういん』です。そこの住所は、次のようになっています。

「京都市中京区麩屋町通上ル六角通西入ル富小路通下ル蛸薬師東入ル」

京都の地図を見てもらえば分かりますが、ここに出てくる四つの通りが交差する場所は四方形になっていて、要するに、ぐるぐる回るだけなのです。ところが、そのビルに行く必要のある者には、そこに通じる細い路地が見えるのです。ただそれだけでは、5階にある「びょういん」には入れません。なんせ、そこの扉が施錠されていたり、とても重かったりするからです。

でも、そうやって「選ばれた」患者が「びょういん」に入ると、20代後半と見える美人だけど、態度が高飛車で愛想のない看護婦が出迎えてくれます。お医者さんは30歳ぐらいの優男です。患者の話を聞いているのか、聞いていないのか分からないお医者さんですが、どうやら誰に対しても猫を処方してくれるようです。帰りには、看護婦から処方箋を受けとるのですが、それには、こんなことが書かれています。

「名称・ビー。メス、推定8歳、雑種。食事、朝と夜に適量。水、常時。排泄処理、適時。基本的には放置して問題ありません。誤飲の危険がある小さい物、皿やコップなどの割れる物は引き出しにしまってください。鉢植えなども注意が必要です。室内からは出さないでください。以上」


さて、本書が面白くなるのは、第三話からです。第一話と第二話は、患者さんの方に焦点があたっていて、証券会社に勤めている青年と、コールセンターに勤めている中年男が患者になる話なのですが、多少なりとも、その両業界の実情を知っている身とすると、細かくはあげつらいませんが、ちょっと現実離れしている職場の描写が見られるからです。

ただ、第三話からは、そもそも「こころのびょういん」って、どういうこと?お医者さんと看護婦さんって、誰なの?という疑問を中心に展開されるようになり、同時に全体の雰囲気が一気にファンタジー化してきて、面白くなります。その詳細は、ここでは語りませんが、猫好きならば、楽しめるでしょう。

また、本書で特に感心するのは、猫の描写です。けっこう細かく猫の姿、手触り感、行動が語られているのですが、人間の姿の描写よりも、よほど描写力があると感心するのは、もしかすると、けなしていることになるのでしょうか。いずれにしろ、猫を愛する作者であることは間違いないようです。猫好きはもちろんですが、そうでなくても、楽しめる本だと思います。


    • 映画『レンタネコ』より
    • 同左
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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