そうきゅうどうさん
レビュアー:
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本書『トゥルー・クライム・ストーリー』は、「トゥルー・クライム・ストーリー(=犯罪実話)」という名のフェイク・ドキュメントの体裁を取った謎解きミステリ。
ミステリの世界でノックスと言えば、本格謎解きミステリの中でやってはいけない10のルール「ノックの十戒」を定めたロナルド・ノックスが有名だ(ったものの、今ではほとんど忘れられているかもしれない)が、この本の著者、ジョセフ・ノックスはそれとは何の関係もない(多分)。
ジョセフ・ノックスはこれまで〈マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ〉シリーズを書いてきて、第1作『堕落刑事』以下3冊が邦訳されている(が、私は読んでいない)。その彼が第4作にして初めて書いたノン・シリーズが、この『トゥルー・クライム・ストーリー』である。マンチェスターで起こった不可解な女子大生失踪事件を調査し、ドキュメントとして発表したイヴリン・ミッチェルの突然の死を受けて、彼女の著作に協力してきたノックスが追加調査を行い、内容を増補して改訂第2版として発表したのが本書、という設定だが、この『トゥルー・クライム・ストーリー』は「トゥルー・クライム・ストーリー(=犯罪実話)」という名のフェイク・ドキュメントの体裁を取った謎解きミステリである。
2011年12月17日未明、マンチェスター大学に通う19歳のゾーイ・ノーランは、クリスマス・パーティのさなか、タワー・ブロックと呼ばれる高層建築の学生寮の屋上に行き、そのまま姿を消した。当時、デビュー小説が全く売れず、作家として行き詰まっていたイヴリン・ミッチェルがこの事件に着目し、関係者に取材したところ、ゾーイが失踪する4か月前から、彼女の周りでは不可解な出来事が相次いでいたことが分かった。そこでミッチェルはインタビューした音声を再構成し、失踪4か月前から失踪後までの関係者の証言集として『トゥルー・クライム・ストーリー』第1版を発表した(その執筆に当たっては、『堕落刑事』で世間の注目を集めていたノックスにも一度、アドバイスを受けていた)。その後、事件の構図を大きく書き換えることになる新聞記事が出たことを受けて、ミッチェルは改訂版のための取材と原稿の作成に取りかかり、執筆途中の草稿をノックスにメールで送り、アドバイスと協力を仰ぐようになった。
本作は、ノックスによる(この本を自分の名で出版することになった経緯を述べた)前書きと後書き、ミッチェルとノックスの間でやり取りされたメール(一部、黒塗りになっている)、関係者の証言(インタビューは個別になされたが、それを再構成して関係者たちが会話しているような形に変えたもの)、事件を報じた記事、によって構成されている。
ところで、ミステリの分野には「信用(信頼)ならない語り手」という言葉がある(ネット検索すると、これはアメリカの文芸評論家、ウェイン・C・ブースによる"unreliable narrator"の日本語訳のようだ)。この言葉は主に叙述ミステリに対して使われるが、そういう人は叙述ミステリというものを全く分かっていないのではないか、と私は常々思う。叙述ミステリで使われる叙述トリックとは、言葉の使い方、表現の仕方、記述の省略などによって、読者にある錯覚や誤解を引き起こす手法のことだが、その反面、叙述ミステリには「述べたことは全て真実でなければならない」という不文律がある(いくらでも嘘を書いていいのだとしたらミステリとして成立しなくなってしまうので当然だが)。つまり叙述ミステリにおいて信用(信頼)ならないのは、書き手ではなく読者(の頭)の方だ。そして読者は本書によって、本当の意味で「信用(信頼)ならない語り手」とはどういうものかを知ることができるはずである。
さて、本書は謎解きミステリらしく、最後に(意外な)犯人と真相が明らかになって終わるが、それでも何か引っかかるものが拭えない感じが残る人もいるだろう(特にミステリを読み慣れている人ならば)。それについては千街晶之が解説の中で、彼自身の解釈という形でフォローしてくれている(なので、ここはゼヒ本文読了後に読んでほしい)。そこで読者は、「ノックスの十戒」を逸脱した謎解きミステリならぬ、叙述ミステリの不文律を逸脱したミステリが生み出す、本当の意味での「信用(信頼)ならない語り手」の物語の底なしの不気味さの一端を知ることになるだろう。
ジョセフ・ノックスはこれまで〈マンチェスター市警 エイダン・ウェイツ〉シリーズを書いてきて、第1作『堕落刑事』以下3冊が邦訳されている(が、私は読んでいない)。その彼が第4作にして初めて書いたノン・シリーズが、この『トゥルー・クライム・ストーリー』である。マンチェスターで起こった不可解な女子大生失踪事件を調査し、ドキュメントとして発表したイヴリン・ミッチェルの突然の死を受けて、彼女の著作に協力してきたノックスが追加調査を行い、内容を増補して改訂第2版として発表したのが本書、という設定だが、この『トゥルー・クライム・ストーリー』は「トゥルー・クライム・ストーリー(=犯罪実話)」という名のフェイク・ドキュメントの体裁を取った謎解きミステリである。
2011年12月17日未明、マンチェスター大学に通う19歳のゾーイ・ノーランは、クリスマス・パーティのさなか、タワー・ブロックと呼ばれる高層建築の学生寮の屋上に行き、そのまま姿を消した。当時、デビュー小説が全く売れず、作家として行き詰まっていたイヴリン・ミッチェルがこの事件に着目し、関係者に取材したところ、ゾーイが失踪する4か月前から、彼女の周りでは不可解な出来事が相次いでいたことが分かった。そこでミッチェルはインタビューした音声を再構成し、失踪4か月前から失踪後までの関係者の証言集として『トゥルー・クライム・ストーリー』第1版を発表した(その執筆に当たっては、『堕落刑事』で世間の注目を集めていたノックスにも一度、アドバイスを受けていた)。その後、事件の構図を大きく書き換えることになる新聞記事が出たことを受けて、ミッチェルは改訂版のための取材と原稿の作成に取りかかり、執筆途中の草稿をノックスにメールで送り、アドバイスと協力を仰ぐようになった。
本作は、ノックスによる(この本を自分の名で出版することになった経緯を述べた)前書きと後書き、ミッチェルとノックスの間でやり取りされたメール(一部、黒塗りになっている)、関係者の証言(インタビューは個別になされたが、それを再構成して関係者たちが会話しているような形に変えたもの)、事件を報じた記事、によって構成されている。
ところで、ミステリの分野には「信用(信頼)ならない語り手」という言葉がある(ネット検索すると、これはアメリカの文芸評論家、ウェイン・C・ブースによる"unreliable narrator"の日本語訳のようだ)。この言葉は主に叙述ミステリに対して使われるが、そういう人は叙述ミステリというものを全く分かっていないのではないか、と私は常々思う。叙述ミステリで使われる叙述トリックとは、言葉の使い方、表現の仕方、記述の省略などによって、読者にある錯覚や誤解を引き起こす手法のことだが、その反面、叙述ミステリには「述べたことは全て真実でなければならない」という不文律がある(いくらでも嘘を書いていいのだとしたらミステリとして成立しなくなってしまうので当然だが)。つまり叙述ミステリにおいて信用(信頼)ならないのは、書き手ではなく読者(の頭)の方だ。そして読者は本書によって、本当の意味で「信用(信頼)ならない語り手」とはどういうものかを知ることができるはずである。
さて、本書は謎解きミステリらしく、最後に(意外な)犯人と真相が明らかになって終わるが、それでも何か引っかかるものが拭えない感じが残る人もいるだろう(特にミステリを読み慣れている人ならば)。それについては千街晶之が解説の中で、彼自身の解釈という形でフォローしてくれている(なので、ここはゼヒ本文読了後に読んでほしい)。そこで読者は、「ノックスの十戒」を逸脱した謎解きミステリならぬ、叙述ミステリの不文律を逸脱したミステリが生み出す、本当の意味での「信用(信頼)ならない語り手」の物語の底なしの不気味さの一端を知ることになるだろう。
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「ブクレコ」からの漂流者。「ブクレコ」ではMasahiroTakazawaという名でレビューを書いていた。今後は新しい本を次々に読む、というより、過去に読んだ本の再読、精読にシフトしていきたいと思っている。
職業はキネシオロジー、クラニオ、鍼灸などを行う治療家で、そちらのHPは→https://sokyudo.sakura.ne.jp
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