ときのきさん
レビュアー:
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モダン・クラシックミステリの設計図
 ロバート・アーサーの本邦で初の短編集だ。
ロバート・アーサーは20世紀のミステリ作家で、主にEQMMで活躍した。エドガー賞にも二度輝いている。表題作は密室物のオールタイムベスト短編のひとつだ。不可能犯罪を扱った作品が少なくないが、ガチガチの本格謎解き派というよりも、定型を変奏して新しいサスペンスを生み出す技巧が本領だ。
個人的に面白かったのは、『ガラスの橋』、『住所変更』、『一つの足跡の冒険』、そして、巻末に付された著者による自作解説だ。
ミステリ短編を読み、そのあとで仮に分類を試みるとして、方法は幾つかあるだろう。
その場合、トリックの種類であるとか、テーマであるとか、舞台設定であるとか、現在のミステリシーンにおける位置づけだとか、作者の著作全体における配置であるだとかで区別し、ざっくり語ることが多い。
もっと細かく読みたい、より深く知りたい――そう感じることはないだろうか。
なぜ、この作品が、このアイディアを用い、この構成で、この組み合わせで作り上げられねばならなかったのか。物語がこういう始まり方をしなければならなかったのはどうしてなのか――それは作者の企業秘密に属するだろうけれど、たまに、着想や手筋について詳細に語ってくれる作者がいる。本書もその一つ、といっていいだろう。
『ガラスの橋』で扱ったような、人間消失のトリックを思いついたとする。しかしそれだけではお話にならない。トリックは暴かれねばならず、真相を推理するためのロジックを組み立てねばならず、土台となる手がかりを作中の探偵役に与えなければならない。これらをいかにさりげなく、読者の記憶には残しつつも、探偵に先んじて真実にたどり着かない程度には曖昧に提示するか。
 
ロバート・アーサーの手の内暴露はかなりあけすけで興味深い。作家は読者を意外な真相で驚かせ、かつ納得させねばならない。よくできたミステリ短編の工夫とは、だから一行程度で説明可能なトリックや新奇なアイディアだけで語り尽くせるものではない。
『ガラスの橋』では、密室状態の雪山の一軒家から人間が消える。家の周囲は雪で覆われ、唯一の出入り口は常に見張られていた。さていったいどうやって?トリックだけ抜き出すなら、“それだけ”のものだ。複雑で矛盾のないプロットの森に巧みに幻想を埋め込む苦心の手順が、この作品を歴史に残した。
ミステリ作家の工房を見学し、短編小説という精密機械の蓋を開けその中身を覗いてみよう。ミステリは読者をいつでも楽しませてくれる。その製造工程を見学することで、職人の工夫と仕掛けの多彩に目を見張りながら、新たなミステリの魅力を発見できるだろう。
ロバート・アーサーは20世紀のミステリ作家で、主にEQMMで活躍した。エドガー賞にも二度輝いている。表題作は密室物のオールタイムベスト短編のひとつだ。不可能犯罪を扱った作品が少なくないが、ガチガチの本格謎解き派というよりも、定型を変奏して新しいサスペンスを生み出す技巧が本領だ。
個人的に面白かったのは、『ガラスの橋』、『住所変更』、『一つの足跡の冒険』、そして、巻末に付された著者による自作解説だ。
“執筆する時に、追加したりアレンジしたりして私がそこでやったことを何もかも説明するためには、たぶん一冊分の本が必要になることでしょう。(……)もしも執筆に興味があるなら、物語を読み返し、一つのアイディアを作品にふくらませるときに私がやったこと、あらゆる作家がやっていることのすべてをメモに取るのです。そのアイディアが実際に物語へとふくらませる核なのです。”
ミステリ短編を読み、そのあとで仮に分類を試みるとして、方法は幾つかあるだろう。
その場合、トリックの種類であるとか、テーマであるとか、舞台設定であるとか、現在のミステリシーンにおける位置づけだとか、作者の著作全体における配置であるだとかで区別し、ざっくり語ることが多い。
もっと細かく読みたい、より深く知りたい――そう感じることはないだろうか。
なぜ、この作品が、このアイディアを用い、この構成で、この組み合わせで作り上げられねばならなかったのか。物語がこういう始まり方をしなければならなかったのはどうしてなのか――それは作者の企業秘密に属するだろうけれど、たまに、着想や手筋について詳細に語ってくれる作者がいる。本書もその一つ、といっていいだろう。
『ガラスの橋』で扱ったような、人間消失のトリックを思いついたとする。しかしそれだけではお話にならない。トリックは暴かれねばならず、真相を推理するためのロジックを組み立てねばならず、土台となる手がかりを作中の探偵役に与えなければならない。これらをいかにさりげなく、読者の記憶には残しつつも、探偵に先んじて真実にたどり着かない程度には曖昧に提示するか。
ロバート・アーサーの手の内暴露はかなりあけすけで興味深い。作家は読者を意外な真相で驚かせ、かつ納得させねばならない。よくできたミステリ短編の工夫とは、だから一行程度で説明可能なトリックや新奇なアイディアだけで語り尽くせるものではない。
『ガラスの橋』では、密室状態の雪山の一軒家から人間が消える。家の周囲は雪で覆われ、唯一の出入り口は常に見張られていた。さていったいどうやって?トリックだけ抜き出すなら、“それだけ”のものだ。複雑で矛盾のないプロットの森に巧みに幻想を埋め込む苦心の手順が、この作品を歴史に残した。
ミステリ作家の工房を見学し、短編小説という精密機械の蓋を開けその中身を覗いてみよう。ミステリは読者をいつでも楽しませてくれる。その製造工程を見学することで、職人の工夫と仕掛けの多彩に目を見張りながら、新たなミステリの魅力を発見できるだろう。
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海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。
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- ISBN:9784594095291
- 発売日:2023年07月02日
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