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hackerさん
hacker
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ミステリーの愉しみが、ぎっしり詰まった一冊です。
本書は、軍人だった父親の関係でフィリピンのコレヒドール島で生まれたアメリカ人作家ロバート・アーサー(1909-1969)が自選した、年少者向けの作品集 "Mystery and More Mystery"(1966年)の全訳になります。本書の訳者による解説には「ロバート・アーサー、本邦初の短編集」という題名がついているのですが、その文中にあるように「年少読者だけにものにしておくのはあまりにももったいない」一冊です。本格ものから、ユーモアもの、オチの効いたもの等、ミステリーの愉しみとはどういうものかを知りたければ、老若男女問わず、お読みくださいと勧められる本です。全部で10作収録されていますが、特に印象的なものを紹介します。


●『マニング氏の金の木』

大金を着服した銀行の出納係の青年ヘンリー・マニングは、自分の犯行がバレそうになり、更に現金一万ドルを盗み出し、追跡した刑事をふりきって、逃げだします。たまたま来たバスに飛び乗って終点で降り、ぶらぶらしていると、ある家の庭にこれから木を植えようとしている大きな穴を見つけます。彼はふと思いついて、家の主人の目を盗んで、その穴に現金を入れたブリーフケースを埋めます。銀行に戻った彼は逮捕され、3年半後に風貌も変わり出所しますが、その家に行ってみると、木は巨木になっていて、簡単に掘り出すことなどできません。そこで、マニング氏は考えました。

展開は読めるのですが、マニング氏が最後に迎えるハッピー・エンドがちょっと意外な上、ほのぼのとした気分にさせてくれます。

●『極悪と老嬢』

グレイス・アッシャーとフローレンス・アッシャーの二人の老嬢姉妹は、「私たちは膨大な量の推理小説を読んで人生について数多くのことをしっているわ」と自負しています。そんな二人は、世話と迷惑ばかりかけてきた甥が射殺され、遺言で彼が住んでいたミルウォーキーの家が譲られていることを知り、長年住んでいた町を出払って、甥の家で余生を送るつもりで、ミルウォーキーにやって来ます。ところが、遺言執行役の弁護士は、二人がその家に住むことに積極的でなく、甥が殺されたように治安の悪い地域だし、早く売った方がいいとしきりに勧めるのでした。

これはおかしい!年の功と、推理小説読書量は馬鹿にならないという話ですが、二人の姓がアッシャーというのも含め、ポーへのオマージュにもなっている作品です。

●『真夜中の訪問者』

「何人もの男たちが手に入れようと命を危険にさらしたきわめて重要な文書」を手に入れた、およそスパイらしくない風貌の肥った男オーザブル、階段を上がるとすぐ息を切らせるような彼がホテルの自室に戻ると、その文書を手に入れようと拳銃を持った男が待ち構えていました。オーザブルは、その危機をどう乗り越えるのか、という話です。

オーザブルがスパイである所以が分かるラストが印象的です。

●『ガラスの橋』

雪に閉ざされた山荘に、ある美人が入ったきり、出てきません。入り口には彼女が入って行った足跡があるだけで、家の周囲には、他の足跡はないのです。家の主人は、この女性の脅迫を受けていたことは分かっているのですが、はたしてどうやって彼女を「消した」のでしょうか。

これは不可能犯罪の本格ものです。ひねたミステリー・ファンなら、題名がヒントになるので、さほど難しい謎解きではないかもしれませんが、犯行のトリックと鮮やかな手口が素晴らしいです。

●『住所変更』

「『あの家は』ミセス・ホリンズが断定的に言った―彼女は独断的な女性だった―『殺人にしか向いていないわ』」

フィラデルフィアに住んでいるホリンズ氏は、6ヶ月そこで過ごすことを妻に納得させて、カリフォルニアにやって来ます。ホリンズ氏はある家を気に入って借りることにしたのですが、その家の持ち主は、奥さんと離婚してから、テキサスに引っ越しているという、ミステリー・ファンならば、おなじみの(?)いわくつきの家だったのです。

題名の意味は最後に分かります。

●『非情な男』

「モリス老人は非情な男として知られていた。一人息子のハリーが、めったにお目にかかれないほど見事な畜牛の代金を運んで帰る途中、獣を突きつけられて射殺されたのはハリーの18歳の誕生日のことだった。モリス老人は何の感情も見せなかった。脅したり、悲嘆に暮れたりせず、捜査が進んで犯人の正体関する手がかりが何も得られないとわかると、自分の小さくて孤独な農場に戻って必要な仕事を続けた」

この出だしが良いですね。当然、モリス老人は復讐の計画を立てていたのでした。


お分かりのように、幅広いジャンルをカバーしていた作家です。私は知らなかったのですが、訳者解説によれば、TV「ヒッチコック劇場」が評判をとっていた頃に何冊か出されたヒッチコック編纂のアンソロジーの実質編者はロバート・アーサーだったそうで、それを知ると、この作家の芸達者の理由も成程と思います。とにかく、後味の悪くない、楽しいミステリー読書体験をするには、格好の一冊です。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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