ぽんきちさん
レビュアー:
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幕末から明治の芝居小屋へ、ようこそ。
歌舞伎をあまり知らない人でも、「知らざぁ言って聞かせやしょう」「こいつぁ春から縁起がいいわえ」といった七五調のセリフなら聞いたことがあるかもしれない。これらは、幕末から明治初期にかけて活躍した歌舞伎狂言作者、河竹黙阿弥(1816~1893)によるもの。激動期の歌舞伎界を支えた影の立役者ならぬ立作者である。黙阿弥は隠居名で、作者としては新七の名を名乗った時期が長い。
新七は、七五調の流麗なセリフだけでなく、音楽を積極的に取り入れ、持ち前の絵心で絵画的な舞台構成を考案するなど、創意工夫にあふれた作者だった。盗賊物を得意としたが、大悪人というよりもどこか庶民的で因果に翻弄される小悪党が主。その姿は当時、社会の不条理にあえぐ観客たちの心に響いた。
明治維新後は、新政府の要求にこたえつつ、新時代の風俗なども取り入れ、散切物(散切頭の登場人物が特徴)や活歴物(なるべく史実に沿った時代物)、松羽目物(能・狂言に題を取る演目。背景に能舞台を真似た松を描く)にも取り組んだ。
本作は、新七を軸に、幕末から明治期の芝居小屋を描く。
章ごとに、新七から見た、当時の人気役者、海老蔵、小團次、左團次、田之助、團菊(團十郎と菊五郎)を追う。つまり、新七は主人公でもあるのだが、狂言回しの役目も果たす。
千両役者が現れては消え、そして時代も流れていく。新七は筆一本でその世界を渡っていく。
華やかに見える芝居の世界も裏は厳しい。興行主は資金をやりくりして役者を集め、観客の喜びそうな演目を組み合わせ、作者に執筆を依頼する。役者は役者同志、馬が合う合わないがあり、つばぜり合いもあり、妬み嫉みもある。作者は芝居の世界では比較的立場が低く、役者で客を呼ぶことはあっても、作者の名前で客が呼べるわけではない。
そんな中で新七は複数の芝居小屋に作品を書き、弟子に教え、時には助(スケ、助筆)もする。さて、己の望みは何だろうか、と時に考えながら。
圧巻はやはり、第四章の「田之助」だろうか。澤村田之助は、芝居中の怪我から脱疽を患い、両脚を切断しながらも舞台に出続けた伝説的な女形である。実力も美貌も備えながら、身体は不自由に。けれどもいざり車に乗ってでも舞台に出たいのだ。そしてまた田之助が出れば客も入るのだ。田之助は新七に「師匠、よう、書いておくれよ」という。ホンや道具に工夫があれば、脚がなくても自分は演じられる、と。師匠ならそんな話が書けるだろ、と。新七はそれに応えて芝居を書いてやるのだが、しかし、本当にそれでよかったのだろうか。
役者の「業」を感じさせる章。
著者は文学博士で、高校教諭や大学講師を経て創作に転じた。巻末の参考文献の多さも目を引く。
背景に膨大な資料があってこその作品世界。幕末から明治にかけて、芝居に身を投じたさまざまな人々が鮮やかに浮かび上がる。
新七は、七五調の流麗なセリフだけでなく、音楽を積極的に取り入れ、持ち前の絵心で絵画的な舞台構成を考案するなど、創意工夫にあふれた作者だった。盗賊物を得意としたが、大悪人というよりもどこか庶民的で因果に翻弄される小悪党が主。その姿は当時、社会の不条理にあえぐ観客たちの心に響いた。
明治維新後は、新政府の要求にこたえつつ、新時代の風俗なども取り入れ、散切物(散切頭の登場人物が特徴)や活歴物(なるべく史実に沿った時代物)、松羽目物(能・狂言に題を取る演目。背景に能舞台を真似た松を描く)にも取り組んだ。
本作は、新七を軸に、幕末から明治期の芝居小屋を描く。
章ごとに、新七から見た、当時の人気役者、海老蔵、小團次、左團次、田之助、團菊(團十郎と菊五郎)を追う。つまり、新七は主人公でもあるのだが、狂言回しの役目も果たす。
千両役者が現れては消え、そして時代も流れていく。新七は筆一本でその世界を渡っていく。
華やかに見える芝居の世界も裏は厳しい。興行主は資金をやりくりして役者を集め、観客の喜びそうな演目を組み合わせ、作者に執筆を依頼する。役者は役者同志、馬が合う合わないがあり、つばぜり合いもあり、妬み嫉みもある。作者は芝居の世界では比較的立場が低く、役者で客を呼ぶことはあっても、作者の名前で客が呼べるわけではない。
そんな中で新七は複数の芝居小屋に作品を書き、弟子に教え、時には助(スケ、助筆)もする。さて、己の望みは何だろうか、と時に考えながら。
圧巻はやはり、第四章の「田之助」だろうか。澤村田之助は、芝居中の怪我から脱疽を患い、両脚を切断しながらも舞台に出続けた伝説的な女形である。実力も美貌も備えながら、身体は不自由に。けれどもいざり車に乗ってでも舞台に出たいのだ。そしてまた田之助が出れば客も入るのだ。田之助は新七に「師匠、よう、書いておくれよ」という。ホンや道具に工夫があれば、脚がなくても自分は演じられる、と。師匠ならそんな話が書けるだろ、と。新七はそれに応えて芝居を書いてやるのだが、しかし、本当にそれでよかったのだろうか。
役者の「業」を感じさせる章。
著者は文学博士で、高校教諭や大学講師を経て創作に転じた。巻末の参考文献の多さも目を引く。
背景に膨大な資料があってこその作品世界。幕末から明治にかけて、芝居に身を投じたさまざまな人々が鮮やかに浮かび上がる。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:エイチアンドアイ
- ページ数:0
- ISBN:9784908110122
- 発売日:2023年01月18日
- 価格:1980円
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