ゆうちゃんさん
レビュアー:
▼
英国の諜報活動にスカウトされた作家アシェンデンの体験記。前半はいかにも戦争のあれこれを描いているが、後半はそうでもない。スパイの話でありながら、人間を描いている点が素晴らしい。
「やりなおし世界文学」の一冊として読み始めた本。モームの小説はどれもこれも面白いというのが最初に来る感想である。
語り手はモームを思わせる作家でかつR大佐にスカウトされた諜報員アシェンデンである。
本書は16からなる短編集の体裁をとっているが、主人公であり語り手であるアシェンデンが必ず登場し、幾つかの短編は前の作品の内容を受け継いだもの、つまり続編となっている。と言うことで16の短編で語られる事件は8つである。
アシェンデンはスイスを根城に働いている。読んでいて、最初の方はどっちの大戦の話かわからなかったが、トルコの参戦やロシア革命が登場するので第一次世界大戦だとわかった。
「家宅捜索」と「ミス・キング」はスイスのあるホテルでの事件。アシェンデンはスパイと疑われ部屋の捜索を受けるがそうそうボロは出さない。捜索を受けた同じホテルにいるエジプトの太守の親族一家の家庭教師にミス・キングと言う老女がいるのだが、アシェンデンは彼女が自分をスパイだと通報したのか、英国を離れて久しいミス・キングに愛国心があるのか、はたまた彼女が何か重要な情報を握っているのかを探る話。
「毛無しのメキシコ人」「黒髪の美人」「ギリシア人」の三篇は、禿の好漢マヌエール・カルモーナ「将軍」とアシェンデンのイタリアでの活動の記録。当時トルコ帝国はドイツ側について戦っていたが、トルコの将軍からローマのドイツ大使館に宛てて送った文書を奪う話である。マヌエールはおしゃべりで女好き。イタリアでの車中で語る彼の経験談が「黒髪の美人」だった。果たして、アシェンデンとカルモーナのコンビはトルコが送った文書を奪えるのか・・。
「パリ行き」と「踊り子ジューリア・ラッツァーリ」は、ドイツで、インドの反英活動を指揮する活動家の身柄を、その活動家が惚れた女ラッツァーリを使って確保しようとする話。微罪で逮捕されたラッツァーリは、自由と引き換えに活動家をフランスに導きいれる囮とされるが彼女は囮になることを完全に同意しているわけではない。その彼女をスイスとの国境まで連れて行き無事に囮とさせるのがアシェンデンの仕事である。
続く2編はそれぞれ独立した作品である。「スパイ・グスターフ」は、その活動ぶりにR大佐の疑惑を買ったグスターフをアシェンデンが調べる話。「売国奴」はドイツの女性と結婚し、ドイツのスパイとなったイギリス人の性格を調べ、英国のために働ける人間なのかを調べる話。
「舞台裏」と「大使閣下」は連合国として交戦中のX国の首都でアシェンデンが不仲の米英大使の間を取り持つ話である。アメリカ大使は豪放磊落の政治家タイプ、イギリス大使は貴族の風格を持ついかにも外交官然とした男。アシェンデンはイギリス大使の態度を諭すが彼は自分の若い頃のある経験談を話してアシェンデンに別の印象を持たせる。
オーストリアの軍需工場を爆破するかしないかの決断を迫る「丁か半か」と言う独立した一遍をはさみ、最後の三篇「シベリア鉄道」「恋とロシア文学」「ハリントン氏の洗濯物」は、アシェンデンのケレンスキー政権への工作の話。実際は、スパイ活動は背景に退き、ハリントン氏の人となり、そして若きアシェンデンの恋物語となっている。
スパイ小説と言うと、自分の読んだ中ではクリスティとフォーサイスが浮かぶ。人によってはフリーマントルなどの名を思い出すだろう。クリスティのそれはスパイの小説の戯画、フォーサイスやフリーマントルはリアリズムを目指したものと思われるが、最も迫真的なのはこの本ではないかと思われる。結局、アシェンデンを狂言回しに本書は人間を描いているからだ。確かに丁丁発止のサスペンス的な場面はないが、革命に対しても動じないハリントン氏の性向、恋人の生命を思いながらも、自分の贈った高価なものが気になるラッツァーリ、ちゃっかり者で憎めないグスターフ、武勇団に事欠かずなんでも任せておけと豪語するマヌエール、と一筋縄ではいかない連中ばかりが登場する。しかもそれが創作めいていない点が素晴らしい。それ故、本書は創作か現実を踏まえたものか議論になるのだろう。恐らく事実だからここまで詳しく書けるのではないだろうか。その証拠に「大使閣下」や「恋とロシア文学」はスパイと関係のない物語が入っている。ここまで語られると却って現実性が増す。
なお、最後の三篇ではアシェンデンのロシア政府工作が描かれている。連合国側にありながらドイツに対して旗色が悪いロシアは三月革命後も英国の工作で第一次世界大戦に連合国として踏みとどまっていた。このことはトロツキーが書いた「ロシア革命史」にも描かれている。もしこの小説が事実を踏まえたものなら、本書でトロツキーの描いた革命の話の裏を取ったことになる。
語り手はモームを思わせる作家でかつR大佐にスカウトされた諜報員アシェンデンである。
本書は16からなる短編集の体裁をとっているが、主人公であり語り手であるアシェンデンが必ず登場し、幾つかの短編は前の作品の内容を受け継いだもの、つまり続編となっている。と言うことで16の短編で語られる事件は8つである。
アシェンデンはスイスを根城に働いている。読んでいて、最初の方はどっちの大戦の話かわからなかったが、トルコの参戦やロシア革命が登場するので第一次世界大戦だとわかった。
「家宅捜索」と「ミス・キング」はスイスのあるホテルでの事件。アシェンデンはスパイと疑われ部屋の捜索を受けるがそうそうボロは出さない。捜索を受けた同じホテルにいるエジプトの太守の親族一家の家庭教師にミス・キングと言う老女がいるのだが、アシェンデンは彼女が自分をスパイだと通報したのか、英国を離れて久しいミス・キングに愛国心があるのか、はたまた彼女が何か重要な情報を握っているのかを探る話。
「毛無しのメキシコ人」「黒髪の美人」「ギリシア人」の三篇は、禿の好漢マヌエール・カルモーナ「将軍」とアシェンデンのイタリアでの活動の記録。当時トルコ帝国はドイツ側について戦っていたが、トルコの将軍からローマのドイツ大使館に宛てて送った文書を奪う話である。マヌエールはおしゃべりで女好き。イタリアでの車中で語る彼の経験談が「黒髪の美人」だった。果たして、アシェンデンとカルモーナのコンビはトルコが送った文書を奪えるのか・・。
「パリ行き」と「踊り子ジューリア・ラッツァーリ」は、ドイツで、インドの反英活動を指揮する活動家の身柄を、その活動家が惚れた女ラッツァーリを使って確保しようとする話。微罪で逮捕されたラッツァーリは、自由と引き換えに活動家をフランスに導きいれる囮とされるが彼女は囮になることを完全に同意しているわけではない。その彼女をスイスとの国境まで連れて行き無事に囮とさせるのがアシェンデンの仕事である。
続く2編はそれぞれ独立した作品である。「スパイ・グスターフ」は、その活動ぶりにR大佐の疑惑を買ったグスターフをアシェンデンが調べる話。「売国奴」はドイツの女性と結婚し、ドイツのスパイとなったイギリス人の性格を調べ、英国のために働ける人間なのかを調べる話。
「舞台裏」と「大使閣下」は連合国として交戦中のX国の首都でアシェンデンが不仲の米英大使の間を取り持つ話である。アメリカ大使は豪放磊落の政治家タイプ、イギリス大使は貴族の風格を持ついかにも外交官然とした男。アシェンデンはイギリス大使の態度を諭すが彼は自分の若い頃のある経験談を話してアシェンデンに別の印象を持たせる。
オーストリアの軍需工場を爆破するかしないかの決断を迫る「丁か半か」と言う独立した一遍をはさみ、最後の三篇「シベリア鉄道」「恋とロシア文学」「ハリントン氏の洗濯物」は、アシェンデンのケレンスキー政権への工作の話。実際は、スパイ活動は背景に退き、ハリントン氏の人となり、そして若きアシェンデンの恋物語となっている。
スパイ小説と言うと、自分の読んだ中ではクリスティとフォーサイスが浮かぶ。人によってはフリーマントルなどの名を思い出すだろう。クリスティのそれはスパイの小説の戯画、フォーサイスやフリーマントルはリアリズムを目指したものと思われるが、最も迫真的なのはこの本ではないかと思われる。結局、アシェンデンを狂言回しに本書は人間を描いているからだ。確かに丁丁発止のサスペンス的な場面はないが、革命に対しても動じないハリントン氏の性向、恋人の生命を思いながらも、自分の贈った高価なものが気になるラッツァーリ、ちゃっかり者で憎めないグスターフ、武勇団に事欠かずなんでも任せておけと豪語するマヌエール、と一筋縄ではいかない連中ばかりが登場する。しかもそれが創作めいていない点が素晴らしい。それ故、本書は創作か現実を踏まえたものか議論になるのだろう。恐らく事実だからここまで詳しく書けるのではないだろうか。その証拠に「大使閣下」や「恋とロシア文学」はスパイと関係のない物語が入っている。ここまで語られると却って現実性が増す。
なお、最後の三篇ではアシェンデンのロシア政府工作が描かれている。連合国側にありながらドイツに対して旗色が悪いロシアは三月革命後も英国の工作で第一次世界大戦に連合国として踏みとどまっていた。このことはトロツキーが書いた「ロシア革命史」にも描かれている。もしこの小説が事実を踏まえたものなら、本書でトロツキーの描いた革命の話の裏を取ったことになる。
お気に入り度:









掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
この書評へのコメント
 - コメントするには、ログインしてください。 
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:筑摩書房
- ページ数:0
- ISBN:9784480030016
- 発売日:1994年12月01日
- 価格:59円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。






















