ときのきさん
レビュアー:
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“名著”から埃を払い輝きを取り戻す、良質な入門書
NHKの長寿番組『百分de名著』で扱った本について、伊集院が放映時のゲストと対談する。『名著の話』シリーズの最新作だ。
今回取り上げるのは松尾芭蕉『おくのほそ道』、ダニエル・デフォー『ペストの記憶』、コッローディ『ピノッキオの冒険』の三冊だ。個人的には、芭蕉とデフォーの回が、知らないことが多く特に面白かった。
読書をしていると、たまたまなじみのない表現と触れ、戸惑うことはないだろうか。
いつもは読まないようなジャンルや、技法によって書かれた本、あるいは古典として有名な作品でも、それが作り出されるにいたった文脈をある程度把握しないと理解するためのとっかかりが見えない場合がある。
一般に名著・古典として定評のある書物は、一度入門してみれば実りはあるのだが、参入のハードルが高く感じられることが多い。だから本書のように、初読者の理解をアシストするような本は、それらを継承していく上でも大切な筈だ。
有名な芭蕉の句、“古池や蛙飛こむ水のおと”を、「……だから何?」と冷ややかに見ていた伊集院が、同じ句を指して「天才・松尾芭蕉の宇宙の中にいるようだ!」と感動の声を上げるようになったのは何故か。
芭蕉の旅程や一句の成立過程を追いながら、ことばの解像度を上げ、背後にある風景が読みとれるよう誘導していく。このとき、一見単なる状景描写でしかないかのような十一文字から、たしかな彩りと奥行きをもった世界が読者の前に広がる。このくだりは大変スリリングだ。
伊集院は優秀な生徒で、教わったことを方法として自分の中に取り込みながら、あたらしい解釈を産み出して教師役の専門家へと返していく。教えるもの→教えられるものという一方的な教授の関係ではなく、対話が成立しているのだ。
“無知な”伊集院はいわばミステリにおけるワトスン役を演じていて、ホームズ役たる専門家のことばに感嘆し、自分のこれまでの思い込みや理解の浅さを反省しながら彼自身のことばに翻訳していく。
通常、ワトスン役というのは読者が自分の理解力に劣等感を抱かずに読み進められるよう、少し愚かな存在として設定される。だがワトスンが名探偵のことばの魅力をわれわれにわかることばで記述してくれなければ、ホームズがどのような名推理を口にしても理解されることはないだろう。その意味でも伊集院は優れたワトスンだ。
デフォーの『ペストの記憶』は執筆時から数十年前に起きたペスト下のロンドンを事実の聞き書きと、明らかにフィクションと思しき冒険譚、などのごたまぜテキストで立体的に語る。
書きぶりはまとまりがなく、語り手の態度も一貫しないがこの揺れこそが今となっては作品としての幅になっていると対談相手の武田正将が語れば、むしろ矛盾する挿話や収拾のつかない物語によって現実のペストにおける混乱が多面的に記述されているのではないかと伊集院が指摘する。作品の潜在的な豊かさがどんどんと発掘されていくような絶妙な掛け合いで、読者の興味を喚起しつつ理解を助けるユーザーフレンドリーな編集も巧みだ。そして、専門家の意見や伊集院の感想を正解とするのではなく、あくまで読者個々人が自分なりの経験として名著を楽しめるよう入り口を用意しようという姿勢は前著と変わらない。
伊集院光自身、コロナ禍についてのエピソード集のようなものをいずれ書きたいと考えているという。どのような形で発表されるのかはわからないが、これも楽しみだ。
今回取り上げるのは松尾芭蕉『おくのほそ道』、ダニエル・デフォー『ペストの記憶』、コッローディ『ピノッキオの冒険』の三冊だ。個人的には、芭蕉とデフォーの回が、知らないことが多く特に面白かった。
読書をしていると、たまたまなじみのない表現と触れ、戸惑うことはないだろうか。
いつもは読まないようなジャンルや、技法によって書かれた本、あるいは古典として有名な作品でも、それが作り出されるにいたった文脈をある程度把握しないと理解するためのとっかかりが見えない場合がある。
一般に名著・古典として定評のある書物は、一度入門してみれば実りはあるのだが、参入のハードルが高く感じられることが多い。だから本書のように、初読者の理解をアシストするような本は、それらを継承していく上でも大切な筈だ。
有名な芭蕉の句、“古池や蛙飛こむ水のおと”を、「……だから何?」と冷ややかに見ていた伊集院が、同じ句を指して「天才・松尾芭蕉の宇宙の中にいるようだ!」と感動の声を上げるようになったのは何故か。
芭蕉の旅程や一句の成立過程を追いながら、ことばの解像度を上げ、背後にある風景が読みとれるよう誘導していく。このとき、一見単なる状景描写でしかないかのような十一文字から、たしかな彩りと奥行きをもった世界が読者の前に広がる。このくだりは大変スリリングだ。
伊集院は優秀な生徒で、教わったことを方法として自分の中に取り込みながら、あたらしい解釈を産み出して教師役の専門家へと返していく。教えるもの→教えられるものという一方的な教授の関係ではなく、対話が成立しているのだ。
“無知な”伊集院はいわばミステリにおけるワトスン役を演じていて、ホームズ役たる専門家のことばに感嘆し、自分のこれまでの思い込みや理解の浅さを反省しながら彼自身のことばに翻訳していく。
通常、ワトスン役というのは読者が自分の理解力に劣等感を抱かずに読み進められるよう、少し愚かな存在として設定される。だがワトスンが名探偵のことばの魅力をわれわれにわかることばで記述してくれなければ、ホームズがどのような名推理を口にしても理解されることはないだろう。その意味でも伊集院は優れたワトスンだ。
デフォーの『ペストの記憶』は執筆時から数十年前に起きたペスト下のロンドンを事実の聞き書きと、明らかにフィクションと思しき冒険譚、などのごたまぜテキストで立体的に語る。
書きぶりはまとまりがなく、語り手の態度も一貫しないがこの揺れこそが今となっては作品としての幅になっていると対談相手の武田正将が語れば、むしろ矛盾する挿話や収拾のつかない物語によって現実のペストにおける混乱が多面的に記述されているのではないかと伊集院が指摘する。作品の潜在的な豊かさがどんどんと発掘されていくような絶妙な掛け合いで、読者の興味を喚起しつつ理解を助けるユーザーフレンドリーな編集も巧みだ。そして、専門家の意見や伊集院の感想を正解とするのではなく、あくまで読者個々人が自分なりの経験として名著を楽しめるよう入り口を用意しようという姿勢は前著と変わらない。
伊集院光自身、コロナ禍についてのエピソード集のようなものをいずれ書きたいと考えているという。どのような形で発表されるのかはわからないが、これも楽しみだ。
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海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。
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- 出版社:KADOKAWA
- ページ数:0
- ISBN:9784044007164
- 発売日:2023年03月23日
- 価格:1694円
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