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ぷるーと
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全員が何かしらの哀しみを心に秘めた家族の、静かな日常。こんな風に家族を描ける作家は、他にはいないだろう。
 信吾は、妻の美しかった姉にずっと憧れていた。彼女が結婚し亡くなったあとで、妹の保子と結婚した。保子自身もまた、美しい姉を慕い、美男美女だった姉夫婦を理想の姿として憧れ続けていた。

 自分に娘が生まれたらもしかしたら義姉のように美しい子かも知れないという期待も虚しく、妻以上に醜い娘房子を信吾は愛することができず、美しく可憐な嫁に淡い恋心を抱いている。
 醜さゆえに両親から愛されることなく育った房子は、不幸な結婚をして二人の子どもを連れて出戻ってきており、実の娘よりも嫁をかわいがる父親に嫉妬し、恨みを抱いている。

 心の中に若くして逝った美しい姉を密かに住まわせたまま年老いた夫婦。両親を恨み続けている出戻りの娘。ぎくしゃくとした夫婦生活を送る息子夫婦。何とは分からない哀しみをひそませた戦後の家庭の日常生活は、どこか危なげで脆く崩れてしまいそうなはかなさを秘めている。

 日々の暮らしの中に、一人一人の感情の襞が細やかに描かれていく中、信吾の淡い恋心が、暗く重苦しい家の中で微かに揺らめき燃えている。
 深夜目覚めて耳に響いてきた音を「山の音」ではないかと思う信吾は、それは死の予告ではないかと恐れるほどに老いを感じている。そうやって老いを自覚しながらも、それでもまだ美しい女性に心を惹かれずにはいられない信吾の執着こそが、この家族の悲劇の原因なのだろうか。

 話は信吾の淡い恋心が中心に描かれているが、戦争から戻って以来性格が変わったようになっているという長男の修一も気になる存在だった。戦争によって心の傷を負った修一は、非の打ちどころのない可憐な嫁よりも戦争未亡人に心を寄せ彼女を愛人とするが、酔うとその愛人に激しく暴力をふるう。
 戦争の傷を受けた者は、同じような戦争被害者にしか心を開けない。しかも、唯一の共感者に、暴力を振るわずにはいられない。そういった暗い心の闇についても、もっと書いてほしかったと思った。
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ぷるーと
ぷるーと さん本が好き!1級(書評数:2900 件)

 ホラー以外は、何でも読みます。みなさんの書評を読むのも楽しみです。
 よろしくお願いします。
 

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