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ゆうちゃん
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一頃あった岩波文庫のリクエスト復刊で入手した本。日本ではほぼ無名の作家ではあるが、題名の通り自分の家族を題材にしていて、なかなか面白い人間描写の小説となっている。
アクサーコフは、日本では殆ど無名の作家で、現実描写を得意とするそうだ。ロシア文壇では彼と彼の息子ふたりが作家として有名だとされている。

本書は、小説ともノンフィクションともつかない作品だが、著者アクサーコフの祖父の生活とアクサーコフの父と母の結婚の経緯を記したもので、それは18世紀後半の田舎地主の生活を克明に描写した風俗記だという。だとするとノンフィクションであるはずだが、それがなぜ「小説ともノンフィクションともつかない」となるかというと登場人物の名前が変えられているからだ。アクサーコフ家の祖先の生活を綴った筈ながら、バグロフ家の生活の描写となっている。

本書は五つの章からなる。まず著者の祖父に相当するステパン・ミハイロヴィッチ・バグロフが4代前から住む父祖の世襲領地・シンビルスク県からバシュキール人の住むオレンブルグ州の広大な土地を買い取って移住するまでの経緯。バグロフ家、つまりアクサーコフ家は4代の間、娘が多くて息子が少なく、世襲領地の権利関係が、事実上は婿入りした人たちとの間で複雑になり、ステパン・ミハイロヴィッチはそれが嫌になったそうだ。新天地への移住とステパン・ミハイロヴィッチのその地での過ごし方、彼の性格などがこの章の中心である。第二章は、ステパン・ミハイロヴィッチの従妹プラスコーヴィヤの生い立ち、結婚の経緯とその後である。プラスコーヴィヤは早くに父母を亡くした。ステパン・ミハイロヴィッチはかなり年長の従兄として彼女をかわいがり、後見人になったが、プラスコーヴィヤは退役少佐のクロレソフに恋をした。結婚には後見人の許可がいるが、ステパン・ミハイロヴィッチはクロレソフを気に入らなかった。ふたりは半ば、後見人をだますような形で結婚した。当初はクロレソフを嫌っていたステパン・ミハイロヴィッチだったが、殆ど放置されていたプラスコーヴィヤの領地経営に精を出す姿に感心し、仲直りして指導するまでになった。しかし、クロレソフは次第に本性を現し・・。
第三章から第五章は、著者の父にあたるアレクセイ・ステパーノヴィチ・バグロフとオレンブルグの州都ウファの副総督ニコライ・フョードロヴィッチ・ズービンの娘ソフィア・ニコラーエヴナの結婚の経緯と初期の結婚生活である。第三章ではソフィアの苦しい生い立ちからウファの社交界の中心になるまで、軍隊を除隊してウファの州最高法院に勤め始めたアレクセイとのなれそめから結婚まで、である。第四章はアレクセイとソフィアの夫妻が、ステパン・ミハイロヴィッチが開拓したバグロヴォの村に結婚の挨拶に来た2週間の顛末、第五章は、ウファに帰り、アレクセイとソフィアがソフィアの父ズービンとの同居し、別れる経緯、そしてソフィアの二児の出産までである。本書は、最後に著者にとっての一大イベントで終わる。

まさに「家族の記録」であるが、それがそんなに面白いの?と思う人もいるかもしれない。しかし、本書に関して自分は全力で「面白い」と答えられる。ここには現実味の濃い、昔の大家族の人間関係が描かれている。多少は「盛った」話もあるかもしれない。しかし、本書には「家族あるある」にあふれている。典型例が、アレクセイの妻となるソフィアとアレクセイの姉たち(全部で5人、アレクセイが結婚当時の存命は4人)である。姉たちは次女アクシーニャを除き、嫁入りするソフィアを最初から嫌っている(まさに小姑の意地悪)。ウファが、モスクワやペテルブルグと比較してどれほど都会か怪しい点はあるが、都会から来た洗練された社交界の娘というだけで反感を持つだろう。しかもアレクセイとソフィアの間に男児が出来れば、姉(とその夫)たちの相続財産はかなり減る(普通は男系相続が主なので)。アレクセイの母(ステパン・ミハイロヴィッチの妻)アリーナ・ワシーリエヴナは単純な性質で、アレクセイの母でもありながら娘たちに扇動され、娘の側につく。もしステパン・ミハイロヴィッチが一家で専制的な性格でなければ、この結婚は破綻していただろう。
ステパン・ミハイロヴィッチの性格もユニークだ。怒れば雷を落とし、あとはケロッと忘れる。悪事を働いた使用人にはかなり残酷なことをしたらしいが著者は詳しくは語らない。読み書きも怪しい教育のない人間でありながら、由緒ある貴族だという。ロシアの田舎ではそんなものなのだろうか。彼はソフィアにも粗野だと表現されるが、プラスコーヴィヤの夫となる人物を見抜くなど洞察に優れ、ソフィアも会ってみて彼に心酔する。

家族の記録ではあるが、第一、二章と第三章以降には10年以上の隔たりがあり、連綿としたものではなく、著者にとって大事な点を記録したという感じである。また、主人公に相当する人物は章ごとに変わり、第一章はステパン・ミハイロヴィッチ、第二章はプラスコーヴィヤ、第三章以降はソフィアだといえる(全編を通じた主人公は誰?と訊かれればステパン・ミハイロヴィッチとなるだろう)。アレクセイは著者の父に相当する人物だが影が薄い。どうやら著者は母に心酔していたらしい。例えば、第四章で田舎に帰る途中のアレクセイとソフィアに関してこんな描写がある。
途中、大キンダル河を渡るとアリョーシャ(アレクセイ)は長い間そこから先に行かなかったので、周囲の景色を見回して感動していた。妻の話も耳に入らなかった。・・・ふたりはちょうど12時頃に着いた。・・・後年、著者はこの曠野を見たが、アリョーシャの気持ちは理解できずソーネチカ(ソフィア)と同じくこんなところを誰が気に入るだろうと思った(240~2頁)。


最初の頁をめくると、いかにも昔のロシア人らしいいかめしい著者の写真がある。しかし、実際には、固い小説ではなく面白い家庭小説に仕上がっている。そうなるのは、手段はわからないが著者が綿密に昔の家族のことを調べ、事実の裏付けがある小説にしたからだろう。オレンブルグ地方はカスピ海の北の辺り。プガチョフの乱が起きた場所にも近く回教徒もいる。プガチョフの乱は第五章にちょっと記述があり本書の時代の少し前の出来事。日本語訳には地図や系図、主な人物の紹介などもあってとても親切な構成になっている。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1683 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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