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darklyさん
darkly
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もはや名人芸としか言いようのない自由な話。ホラーなのかすらよく分からない。
このシリーズの特徴は物語の結末というか怪異に対する解決方法がそれぞれ異なることです。それどころか解決したかどうかの結論も分からないものもあります。だからお決まりのパターンだとか決まり文句だとか、そういうものはありません。私たちが多分読者として深層心理で期待しているのは怪異のロジックであるため人によっては何か消化不良の怪異譚のように思えるかもしれません。

主人公の尾端は怪異のロジックなど最初から分からないと言っています。つまり尾端は怪異に対して対症療法を行っているだけなのです。営繕屋としての経験からこのような現象に対してはこのように対処するのが解決の可能性が高いと判断するだけです。このことが一読したときに何かインパクトに欠ける印象を受けるのですが、そこには作者の深謀遠慮が隠されている可能性があります。

物語として怪異のロジックを説明しなくていいということは、怪異が解決してもしなくても(結局何らかの解決はするのだが、尾端自信が解決を確信する必要はない)、どのような結末でも、何なら怪異などなく人間心理の問題であっても構わないということです。この設定はなんと間口の広いことか。物語はいくらでも作れます。

さらに巧妙なのは、主人公の尾端が営繕屋であるということです。経験によって怪異に対して対症療法を行う職業としては、むしろ神主や住職のほうがふさわしい。しかし神主や住職はそもそもスピリチュアルな職業であり、怪異のロジックが分からない場合キャラ設定が難しく、職業的にも主人公としての新鮮味がありません。

その点営繕屋はあくまでもモノを繕う職業であり、怪異のロジックなど分からないという設定にも違和感はありませんし、商売として扱うモノに怪異が起こる設定にも違和感はありません。なぜなら日本には付喪神という概念があるようにモノに何かが宿るという考えと日本人は親和性が高いからです。以上から営繕屋を主人公とするという一見変わった設定もよく考えられていると思います。

【骸の浜】
浜に面した真琴の家はお化け屋敷と呼ばれている。水難にあった人が自分の遺体の場所を訴えるために庭にやってくるからだ。死者を敬うことが当たり前であった昔では真琴の家は尊敬され頼りにされていた。怯えながらも旧家を捨てられず雨戸を締め切って死者を見ないようにしていた真琴であったが台風により雨戸が吹き飛ばされた。

この物語はある意味一番ホラーらしいホラーと言えます。何しろ水死した人が庭にやってくるわけですから。しかし尾端は怪異についてはスルーし、真琴に対して家とはどうあるべきかを説きます。スルーしているわけですから怪異がなくなるわけではありません。しかし問題はある意味解決するのです。

【茨姫】
母親がなくなり実家に住むため響子は故郷に戻ってきた。母親とは長年断絶していた。姉を偏愛する母と険悪な関係となっていたからだ。その姉も庭にある小屋で自殺している。その小屋にはバラが巻き付き小屋の中には何かいるような気がする。

「骸の浜」とは逆にこの話は何も起こりません。首を吊った姉の幻影のようなものが見えただけです。姉がいることを示唆するのは尾端の仲間の造園業者の言ったことだけです。
使わないんだったら壊すのが一番簡単なんでしょうけど――でも」と、堂原は言って少し言葉を切った。じっと壁面を見る。「残してあげてほしいな、という気がしますね。
堂原と尾端は直接そのことには言及することもなくただ修繕のアドバイスを行うのみ。これはホラーなのか?でもこの話もある意味しっかり解決しているし。典型的なホラーの型に嵌らない自由な展開。正に名人。

中島敦の小説「名人伝」では弓の名人は百発百中からさらに進んで弓がなくても鳥を落とせるようになり、さらに進むと自分が弓の名人であることすら忘れてしまう。つまり自由な人になっちゃうわけですね。ホラーなのかどうなのかすら分からない自由な話ばかりなのにしっかりと読まされてしまう小野さんの力量はもはや名人の域に達しているのかもしれません。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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