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星落秋風五丈原
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切り裂きジャックの被害者たちはどんな人達だったのか
 1888年ロンドン。大英帝国はヴィクトリア女王のもと、インドをも手に入れ、産業革命で国力を増すばかりだった。しかしその一方で、何とも血なまぐさい事件が起きていた。未だに有名な切り裂きジャックである。この11件の内5件を「カノニカル・ファイブ(canonical five)」と呼び、切り裂きジャックによる犯行と強く推測されている。 本編はこの5人の生涯を追った。

 5人の女性たちが2か月のあいだに殺され、連続殺人事件と見なされたこれらの事件の容疑者は「切り裂きジャック」と呼ばれた。殺人鬼の正体は未だに分からず人びとの関心をひく一方で、被害者の5人の女性たちにはこれまで130年以上ものあいだ一筋の光もあてられてこなかった。被害者には被害者たる理由があったのだ。それが大方の見方だった。夜に出歩いていたということは、夜の商売をしていたに違いない。いかがわしい女性達だから、殺されたのだ。そんな被害者女性への先入観が、犯人の追及への目を曇らせてはいなかったか。

 家庭内における暴力、社会的な差別、そして貧困や病から助かることのできない構造。5人の女性たちのこれまで誰もひもとこうともしなかった人生。5人のうち1人は本当にどこの誰だかもわからないが、4人は移民であったり、結婚していたりと一度は普通の生活を送っていた。しかし、宮殿で同じく子沢山の女王が享受した豪勢な暮らしは、社会の底辺にいる彼女達には望むべくもない。今でも中絶反対運動があるほどなのだから、当時避妊はほとんど望めない。育てるのはもっぱら母親で、生活苦に疲れた父親は容易く家庭を捨てる。教育があっても男性なみの仕事は望めない。ましてや文字が読めなければ下っ端の下っ端扱いで、いつ切られてもおかしくないような仕事しか貰えない。子供達は不衛生な環境で何人も亡くなっていく。心が折れてもカウンセリングなんて贅沢なものはない。結局すぐ手に取れる酒に溺れていく道しか彼女達には残されていなかった。セーフティネットが充実していれば救えた命かもしれない。しかし、国がいつも最初に力を注ぐのは、残念ながら社会保障ではない。

 もちろん犯人が一番悪い。本来、ニックネームで神格化されるべき者ではない。しかし、抜け出す事ができない袋小路に彼女達を追いやった国も-加害者というのが言いすぎならば-傍観者として責任を感じるべきではないか。
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2329 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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