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ぽんきち
レビュアー:
彼らの戦いとは何だったのか。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる、アフガン帰還兵やその家族(遺族)の証言録。
『戦争は女の顔をしていない』は第二次世界大戦に参戦した女性たちの記録であった一方、本書はアフガニスタン紛争(1978年-1989年)で戦った、少年を含む人々の証言である。
個々の兵士たちが、英雄になること、現地の人々を救うことを目指して戦ったはずのその戦争は、しかし、国際社会からは侵略戦争と断じられるに至った。
戦争に行き、負傷して帰ってきたもの、心に傷を負ったもの。そして、帰ってくるはずのわが子を失った母。
侵攻後、まもない時期に聞き取られた証言には生々しさが滲む。戦争はきれいごとでもなければ作り物でもない。人が人を殺し、殺さなければ自分が殺される場である。軍隊内でのいじめもある。しかし、一方でそうした場にしかない充足感を感じたものもいて、帰国後、疎外感に悩む例もある。
侵攻の後半には、志願していないのに現地に送り込まれるものも増えていく。表向きは自分で志願したことになっているが、実際は半強制で、ほぼ断ることはできない。
そうして送り出した兵士が命を落とした場合、亜鉛の棺に入れて送り返される。長時間を要する保存と輸送のためである。完全に密封されたそれは、家族のもとに戻っても開けることを許されず、中身を確かめることもできない。
「亜鉛の棺」は、内情が不明だが、何か恐ろしいことが起こっているらしい、アフガン侵攻自体の象徴となった。

帰還兵士たちは英雄としては迎えられなかった。
母親たちは愛するわが子を失った嘆きにむせび泣いた。
そうした彼らの証言や墓標を記す本編がすでに十分な読み応えを持つのだが、本書には、もう1つ別のものが付く。
本書が発行されてしばらくして後、アレクシエーヴィチは、インタビューした兵士や母親から裁判で訴えられる。兵士らの証言を改ざんしたり意図的な抜粋をしたりすることで、兵士の名誉を棄損し、中傷したというのだ。
この裁判記録を含めた形にしたのが、本書、増補版である。

裁判の間も傍聴人席からアレクシエーヴィチに非難の野次が飛ばされる。
インタビューの際は、戦争の非道さに憤り、ともに泣き、共感しあったはずの証言者たちがなぜ。
アレクシエーヴィチは、証言者のプライバシーを守るため、一部、彼らの名前を変えて出版したが、それすらも「改ざん」と言われてしまう。
そして戦争を題材に金儲けをするもの、ドルを稼ぐものと言われてしまう。
この顛末もすごいが、裁判記録も併せて、1つの作品として発表する著者の姿勢に唸らされる。なぜなら、この記録こそが、戦争をめぐる価値観の揺らぎを如実に示しているのだから。

アレクシエーヴィチも、訳者による巻末の解説も、証言者らの豹変の陰には、体制側の教唆がありけしかけがあるという。それはその通りなのだろうと思うのだが、一方で、兵士や母たちがただただ騙されているというわけではないように思える。
「祖国」や「正義」のために戦い「名誉」を手に入れるはずだったのに、いったいそれはどこへ行ってしまったのか。
彼らの中にそうした不満があり、教唆を受け入れる「素地」があったように感じられる。
そもそも「祖国」や「正義」への思いは、戦争の陰にはいつでもあるものだろう。
ある意味、この裁判は彼らの心を守るための戦いでもあったのではないか。
その方向性が正しいのかどうかはさておき。
もう1つ、「私たちは(あるいは私たちの子供は)命まで賭した。あなたはただ話を聞いただけ。何の権利があり、何をもって、私たちを代表する、私たちの代弁者だというのか」という思いが陰にはある。「しかも、あなたは私たちや子供たちのことを書いたその本で、富や、少なくとも名声を得ただろう。それは不公平ではないのか」という思いが。
そうではない。そうではないと言いたい。帰還兵士や母たちが戦う相手は、彼らの思いを聞き取った作家であるべきではないはずだ。けれども一方で、兵士らのその思いを汲まなければ、見えてこないものがあるのではないか。

多くの問いかけを孕む本である。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1826 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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