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ぽんきち
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ワクチン開発の舞台裏
ムーンショット(moonshot)とは、元々は月探査ロケットの打ち上げを指していたが、転じて、途方もない計画だが成功すれば大きな成果が収められる試みを指すようになった。この用法自体はそれほど新しくはなく、1960年代にはすでに拡張した意味で使用されていたようである。
昨今、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、この用語が用いられる例が増えてきた。大規模なパンデミックを収めるには、それに見合う大掛かりな対処が必要となる。例えば英国の1日最大1000万件を目指すウイルス検査計画は、ムーンショット作戦と呼ばれたが、経費は14兆円というから、まさに月を目指すようなものである。

本書は、やはり新型コロナウイルス絡みではあるが、こちらはワクチン開発計画である。新たな感染症に対するワクチンの開発には、早くても数年掛かると見込まれていたが、mRNAワクチンの開発は大方の予想を超えて迅速に進んだ。その陰に、どんな出来事があったのか。立役者であるファイザー会長兼CEO自身が内幕を語ったものである。

実のところ、もう少し技術的な話があるのかと思っていたが、これは「ビジネス」寄りの話が主体である(CEOが語るのだから当然といえば当然だが)。逆に言えば、それだけ、ワクチンや製薬に限らず、ビジネス全般に参考になりうる点が多いのかもしれない。
個人的にはあまり大規模ビジネスには縁がないので、なるほど、大きな話を動かすというのはこういうことなのか、と何だか与太な感想しか出てこないのだが、それでもなかなか興味深くは読んだ。
非常事態にあたっては、大きな選択がいくつもあり、それを迅速に行わなければならなかった。一方で、ことを実際に進めるにあたっては、実働部隊に思いやりを示し、士気を高め続ける必要があった、というのが大枠の流れである。

現在広く使用されている新型コロナウイルスワクチンはmRNAワクチンだが、このタイプが使用されたのは今回が初めてである。そのため、さまざまな風説が流れることにもなったわけだが、mRNAワクチンの研究開発自体は以前から続けられてきており、昨日今日始まったというわけではない。
とはいえ、実際に臨床使用されたことのないタイプのワクチン。パンデミック発生当初、緊急に必要なのはワクチンだ、どのタイプで行くか、となったときに、mRNAワクチンを選ぶのは常識的な選択ではなかった。特に、ファイザーのような大企業は、アデノウイルス、組換えタンパク質、結合型など、多くの選択肢を持っている。その中で、mRNAワクチンで行く、と決めるのがまず1つ大きな選択だった。
ファイザーは、パンデミック発生以前から、mRNA技術に特化したビオンテックと提携を結んでいたが、この結びつきをさらに強固にし、ワクチン開発を全速力で進めることにする。書類上はいろいろと面倒なことがあるのだが、CEOの決断で、ともかくも資金面はファイザーが全面的にバックアップするということで、大筋は合意しておき、細かな点は研究を進めながら詰めていくという形である。

ことを迅速に進めるため、あらゆる工程で時間短縮が可能な点はないかを洗い出す。各担当者から直接(パンデミックで対面が難しくなった際にはオンラインで)話を聞き、尻を叩く。ただ発破をかけるだけではなく、ゴーサインを出したら資金に糸目はつけない。世界の一大事であるのだから、チーム全員使命感を持って当たってほしい。先週より今週、今週より来週、計画をよりよいものにし、ゴールへと近づいていく。
その気迫がすごい。

金に糸目をつけない開発などは、大企業でなければなしえないやり方だろう。とはいえ、大企業と言えども、これが頓挫したら大損害だったろう。その恐れに躊躇することなく、大胆な計画を進め、要所要所で「正しい」決断をするというのが経営センスというものなのかもしれない。

ワクチン自体の開発が進む一方で、超低温での配送や、先進国と途上国での価格設定、どこにどれだけの量を分配するのかといった別の観点での問題が次々に出てくる。そのどれ1つが頓挫しても、ワクチンの普及は進まない。こうした問題に対処するには、当然、各国の政治のトップ、国連やWHOとのやり取りも重要となってくる。
本書には出てこない、きれいごとでは済まない部分というのもある程度あったのだろうとは思う。
いずれにしろ、これがとてつもない計画であり、歴史に残る事柄であったのは確かだろう。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1825 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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