ぽんきちさん
レビュアー:
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それは先天性か、後天性か。大家族の息子たちは次々と病に襲われた。
「ニューヨーク・タイムズ」や「ウォール・ストリート・ジャーナル」の年間ベスト10など、各所で注目を浴びたノンフィクション。原著は2020年刊。
第二次世界大戦後、アメリカにはベビーブームが訪れた。その最中、飛びぬけて多くの子供を作った一家があった。
ギャルヴィン家。
夫のドンが元々カトリックであったことも無関係ではないが、どちらかといえば妻ミミの方が強い意志で次々と子供を産み、育て続けた。実にその数、12人。男の子ばかり10人続いた後、女の子が2人。最終的には医学的見地から医師が子宮摘出手術を促し、ミミもしぶしぶ同意した。
家計は楽ではなかったが、ミミは規律を持って子供たちを育て、日曜にはきちんとした服装で教会に行き、子供たちのあるものはスポーツに秀で、あるものは音楽の才を示した。
ところが、順風満帆に見えた一家の中で、徐々にひずみが生じていた。
最初に病の徴候を示したのは長男のドナルドだった。きっかけはおそらく、ガールフレンドとの破局。大学2年のころ、自殺未遂を起こしたり、猫を手にかけたり、と異常な行動が続き、統合失調症と診断された。問診では、それ以前から問題を抱えていたようにも見えたが、確かなことは誰にもわからなかった。
次には4男で、バンドを率いるハンサムなブライアン。明るく皆にも好かれていたが、彼もガールフレンドとの別れ話から、大きな悲劇を引き起こす。
子供たちは、一人、また一人と精神疾患を発症し、最終的に6人もが統合失調症となった。
子供たちが育った家庭には、一見、大きな問題はないように見えていたが、実のところ、かなりシビアな状況だった。
父のドンは仕事で不在がちであり、母のミミは家庭をうまく回すように奮闘していたが、目は届き切らなかった。幾分、放任主義でもあったため、男の子たちは始終取っ組み合いの喧嘩をしていた。20年の間に12人の子供。年の近い子供たちが精神的に不安定となる思春期を迎えたら、そのすさまじさは推して知るべしである。子供たちが少年・青年期であった1960年代、70年代はLSDなどのドラッグが席巻したころでもあり、多くが実際、摂取していた。そうした薬剤もよい影響は与えなかっただろう。
ミミは子供たちの誰も見捨てるつもりはなかった。しかし、ことは手に負える段階を超えていた。
一方で、医療が一家を助けたかといえばそうとも言い難い。
映画「カッコーの巣の上に」でも描かれたように、この時代の精神科病院は控えめに言っても必ずしも患者の助けになるような場所ではなかった。強い薬で患者を廃人のようにするなど、治癒に向かう状況からは程遠かった。
また当時主流だったのは、統合失調症は、家庭に、特に母親に問題がある、いわゆる「統合失調症誘発性の母親」が作り出すという説だった。これはミミには耐えがたいことだった。
きょうだいたちが発症していく中、発症しない子供たちもいた。
だが、彼らの人生も楽ではなかった。きょうだいたちの所業を噂されては傷つき、また自分も発症するのかと恐れを抱いた。
そんな中で年少の2人の少女たちは兄たちから性的虐待まで受けている。だが、母のミミは彼女たちのことまで手が回らなかった。
かろうじて知人の富豪家族が手を差し伸べ、女の子たちは自分の道を歩み始めることになる。
本書では、ギャルヴィン家の困難な道のりと、精神医学研究の歴史とを、丁寧に綿密に追っていく。
実のところ、統合失調症は遺伝的なものなのか、それとも環境によるのか、議論はあり、今でも完全には解明されていない。親族に発症者がいれば発症する確率は上がるなど、遺伝的要因はある程度はある。だがそれは0か1かというものではなく、また関与する遺伝子もおそらく1つではない。ギャルヴィン家の場合は、遺伝的素因があったうえで、環境要因が加わり、多くの発症者が出たということになるようだ。
統合失調症の家系を多く調べてきた研究者の話も本書の1つの軸となっている。
家を出た女の子たちはどうしたか。
1人は家族とはやや疎遠となったが、1人は両親亡き後も兄たちの面倒を見続けた。
そう、これは1つの病気をめぐる物語であると同時に、1つの家族の物語でもある。次の世代へとバトンは渡り、最終章では希望も感じさせる。
多くの部分はギャルヴィン家の人々や関係者の証言による。困難な物語を語りきった彼ら、またそれを丹念に聞き取った著者による労作である。
第二次世界大戦後、アメリカにはベビーブームが訪れた。その最中、飛びぬけて多くの子供を作った一家があった。
ギャルヴィン家。
夫のドンが元々カトリックであったことも無関係ではないが、どちらかといえば妻ミミの方が強い意志で次々と子供を産み、育て続けた。実にその数、12人。男の子ばかり10人続いた後、女の子が2人。最終的には医学的見地から医師が子宮摘出手術を促し、ミミもしぶしぶ同意した。
家計は楽ではなかったが、ミミは規律を持って子供たちを育て、日曜にはきちんとした服装で教会に行き、子供たちのあるものはスポーツに秀で、あるものは音楽の才を示した。
ところが、順風満帆に見えた一家の中で、徐々にひずみが生じていた。
最初に病の徴候を示したのは長男のドナルドだった。きっかけはおそらく、ガールフレンドとの破局。大学2年のころ、自殺未遂を起こしたり、猫を手にかけたり、と異常な行動が続き、統合失調症と診断された。問診では、それ以前から問題を抱えていたようにも見えたが、確かなことは誰にもわからなかった。
次には4男で、バンドを率いるハンサムなブライアン。明るく皆にも好かれていたが、彼もガールフレンドとの別れ話から、大きな悲劇を引き起こす。
子供たちは、一人、また一人と精神疾患を発症し、最終的に6人もが統合失調症となった。
子供たちが育った家庭には、一見、大きな問題はないように見えていたが、実のところ、かなりシビアな状況だった。
父のドンは仕事で不在がちであり、母のミミは家庭をうまく回すように奮闘していたが、目は届き切らなかった。幾分、放任主義でもあったため、男の子たちは始終取っ組み合いの喧嘩をしていた。20年の間に12人の子供。年の近い子供たちが精神的に不安定となる思春期を迎えたら、そのすさまじさは推して知るべしである。子供たちが少年・青年期であった1960年代、70年代はLSDなどのドラッグが席巻したころでもあり、多くが実際、摂取していた。そうした薬剤もよい影響は与えなかっただろう。
ミミは子供たちの誰も見捨てるつもりはなかった。しかし、ことは手に負える段階を超えていた。
一方で、医療が一家を助けたかといえばそうとも言い難い。
映画「カッコーの巣の上に」でも描かれたように、この時代の精神科病院は控えめに言っても必ずしも患者の助けになるような場所ではなかった。強い薬で患者を廃人のようにするなど、治癒に向かう状況からは程遠かった。
また当時主流だったのは、統合失調症は、家庭に、特に母親に問題がある、いわゆる「統合失調症誘発性の母親」が作り出すという説だった。これはミミには耐えがたいことだった。
きょうだいたちが発症していく中、発症しない子供たちもいた。
だが、彼らの人生も楽ではなかった。きょうだいたちの所業を噂されては傷つき、また自分も発症するのかと恐れを抱いた。
そんな中で年少の2人の少女たちは兄たちから性的虐待まで受けている。だが、母のミミは彼女たちのことまで手が回らなかった。
かろうじて知人の富豪家族が手を差し伸べ、女の子たちは自分の道を歩み始めることになる。
本書では、ギャルヴィン家の困難な道のりと、精神医学研究の歴史とを、丁寧に綿密に追っていく。
実のところ、統合失調症は遺伝的なものなのか、それとも環境によるのか、議論はあり、今でも完全には解明されていない。親族に発症者がいれば発症する確率は上がるなど、遺伝的要因はある程度はある。だがそれは0か1かというものではなく、また関与する遺伝子もおそらく1つではない。ギャルヴィン家の場合は、遺伝的素因があったうえで、環境要因が加わり、多くの発症者が出たということになるようだ。
統合失調症の家系を多く調べてきた研究者の話も本書の1つの軸となっている。
家を出た女の子たちはどうしたか。
1人は家族とはやや疎遠となったが、1人は両親亡き後も兄たちの面倒を見続けた。
そう、これは1つの病気をめぐる物語であると同時に、1つの家族の物語でもある。次の世代へとバトンは渡り、最終章では希望も感じさせる。
多くの部分はギャルヴィン家の人々や関係者の証言による。困難な物語を語りきった彼ら、またそれを丹念に聞き取った著者による労作である。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:早川書房
- ページ数:0
- ISBN:9784152101686
- 発売日:2022年09月14日
- 価格:3740円
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