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hackerさん
hacker
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鮎川哲也編による「怪奇探偵小説集」の二巻目ですが、まぁ、こちらも気味の悪い表紙ですねぇ~。しかし、ユニークな収録作の数々は、さすがと思わせてくれます。
同じ鮎川哲也の編纂によるこのシリーズは、第一巻の収録作の大半は雑誌『新青年』に掲載された作品、それも大正末期から昭和11、2年の間のものでしたが、本書も『新青年』からの作品が多いものの、戦前では『探偵趣味』『ぷろふいる』、戦後では『探偵実話』『宝石』に掲載された作品から選んだとのことで、範囲は広がっていますが、鮎川哲也は「目次を一覧すればお分かりのように、これまた大半が幻の作家による幻の作品なのである」と自負しています。全部で18編収録されていますが、特に印象的なものを紹介します。


・『踊る一寸法師』(江戸川乱歩)

サーカス団の宴会で、下戸であることをからかわれ、悪質な悪戯をしかけられた小人の復讐の話です。エドガー・アラン・ポオの『ちんば蛙』をベ-スにした作品ですが、ラストの描写の気持ち悪さは、いかにも乱歩です。

・『悪戯』(甲賀三郎)

訪ねてきた友人相手に将棋を始めた「私」は、悪手を的確に相手にとがめられ、苦悶しながら長考するはめになります。その時相手の「フフン。下手の考え休むに似たりか」という言葉にかっとなった「私」は、つい相手を絞め殺してしまいます。我に帰った「私」は妻が留守なのを幸いに、庭の隅に穴を掘って、死体を埋めます。ところが、その後で、将棋に使った駒のうち、角と歩がないことに気づきます。それは、殺した相手の持ち駒だったのです。

題名の意味は、ラストで判明します。念のためですが、東京といえども、昔の家の庭は広かったのです。死体の一つや二つ埋めても大丈夫なぐらいは普通でした。また、この作家は、推理小説の「本格」「変格」という言葉を使い始めたとされており、それゆえ作品以上に日本推理小説の歴史に名を残している存在です。

・『魔像』(蘭 郁二郎)

異常な被写体の写真にとり憑かれた男が、個展を開く前に、是非とも撮りたいと思った題材は「腐りゆくアダムとイブ」でした。そのイメージを想像するだけでグロテスクです。

・『底無沼』(角田喜久雄)

角田喜久雄は、戦前から伝奇小説作家として知られていましたが、ミステリー作家としては『高木家の惨劇』(1947年)『奇蹟のボレロ』(1948年)などの、メグレ警視をモデルとした加賀美捜査一課長シリーズが知られています。

本作は、登場人物が二人きりの、大雨の続いた夜、底無沼の近くにある一軒家で起きるできごとを、サスペンスフルかつパワフルに描いた好短編です。

・『恋人を喰べる話』(水谷準)

『怪奇探偵小説集』第一巻には『悪魔の舌』(村山槐多)と『恋人を食う』(妹尾アキ夫)の二つのカニバリズムの話が収録されていますが、本作は恋人の死体を扱った忘れがたいファンタジー『お・それ・みを』の作者、水谷準らしく、直接的なカニバリズムの話ではありません。どこかもの悲しい「恋人を喰べる話」です。

・『父を失う話』(渡辺温)

渡辺温とすると、『可哀相な姉』と並ぶ代表作でしょう。10歳しか違わない「父」が船に乗って旅立ってしまい、港に置き去りにされる少年「私」の話です。明らかに父ではなく、「パパ」である大人の男性と少年との同性愛が示唆されている印象深い作品です。

・『霧の夜』(光石介乃介)

霧の夜に、出会ったサーカスにいたという男が話す恋人が消滅した経緯を「私」が聞く話です。男が小脇に抱えている新聞包みの中身が気になりますが、ちょっと意表を突かれます。

・『喉』(井上幻*)

床屋で剃刀で喉を切られるという話は、志賀直哉の『剃刀』をはじめとして、何作かありますが、本作は愛人が絶頂を迎えた時に頭をそらせて見せる喉の白さと美しさに魅せられた男の話です。エロス+死というパターンの作品です。

・『葦』(登史草兵*)

葦の草原の中で「私」を長年待っている女性に会いに行く話です。よくある幽霊譚なのですが、全体を覆うもの悲しさと悲恋の雰囲気が、印象的です。

・『眠り男羅次郎』(弘田喬太郎*)

羅次郎と自称する四六時中眠ってばかりいる男には、人の目にとまらぬ速さで動けるという特技がありました。まさかとは思うのですが、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』に登場する加速装置の元ネタなのでしょうか。その意味で興味深いです。

・『蛞蝓(なめくじ)妄想譜』(潮寒二*)

戦後ヒロポンという名前の覚せい剤中毒が日本では広まりましたが、元々は普通に市販されていた薬であり、陸軍でも兵士に与えていたものでした。戦争にドラッグは憑き物ですが、その一例です。

本作は、ヒロポン中毒の少年が、ラリッている最中に犯した少女の強姦殺人を扱っていて、かなり際どい内容ですが、作者自身の中毒体験が反映しているのではないかと思える描写の迫力がちょっと独特です。

・『窖(あなぐら)地獄』(永田政雄*)

旅館などで少数の客の前で男女がセックスを実演する見世物が昔あり(もう今はないと思いますが)、白黒ショーと呼んだものです。その白黒ショーの演技者である6人の男女の愛憎と殺人を描いた異色作です。『蛞蝓妄想譜』同様、戦後社会の暗部で起きた犯罪を描いた作品です。


その他の収録作は、題名と作者名のみ記しておきます。

・『赤い首の絵』(片岡鉄平)
・『決闘』(城戸シュレイダー*)
・『奇術師幻想図』(阿部徳蔵)
・『幻のメリーゴーランド』(戸田巽)
・『面(マスク)』(横溝正史)
・『壁の中の男』(渡辺啓助)

なお、作者名の後に*がついている作家は、本書出版時に本人の所在が不明だったか、そもそも本人の経歴不明のものです。

この中からベストを選ぶなら、『悪戯』と『父を失う話』になります。

全体として、第一巻もそうでしたが、もう書かれないだろうと思われる作品ばかりで、収録作の幻ぶりとグロテスクぶりは、鮎川哲也が自負するだけのことはあると思います。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2282 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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