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紅い芥子粒
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かぐや姫の謎が、すっきり解けてしまって、読んでよかったのか、読まないほうがよかったのか……
「竹取物語」は、九世紀後半から十世紀前半に、貴族階級の男性知識人の手で書かれたといわれている。読者は、貴族階級の人。当時の読者になりきって、「竹取物語」を読んでみると…… という主旨で書かれた、まじめな国文学の本である。

平安時代初期の男性知識人の間では、神仙思想なるものが流行っていたという。
宇宙には、人の世のほかに、天界やら蓬莱の国やらという神仙の世界があって、そこから神仙人が降りてきたり、神仙の国に人がたまたま迷い込んだりすることがある。
天上界から降りてきたのがかぐや姫で、蓬莱の国に迷い込んだのが浦島太郎というわけである。

天上界から神仙人が降りてくる理由として、流謫というのがあり、かぐや姫がそれにあたる。
かぐや姫を迎えに来た天人によれば、姫は天上界で罪をつくり給えれば、そのつぐないのために、地上に流されてきたのだという。

その天上界とはどういうところか。
人間界の宮廷のようなところらしい。階級があり、身分がある。
男は、官吏がするような仕事をしている。妻がいて、子どもも生まれる。
かぐや姫も月のみやこに父母ありといっている。しかし、子どもは、男女の濃厚な交わりがあって生まれるわけではない。
夫婦が、何もしなくても生まれてくる。それではなんのために男と女があるのかわからないが、そういうものらしい。

天上界では、どんなことが罪とされるかというと、男なら職務怠慢、女の場合は愛欲だという。男女の関係はきわめて精錬にして潔白だから、愛欲に溺れるとまではいかなくても、ちょっとその気になっただけでも罪になるものらしい。
かぐや姫が、貴公子たちの求婚を頑として受け入れなかったのは、天上界で苦い経験があったからと、読み解くこともできる。

時間の流れが、神仙の世界と人界ではちがっている。
神仙人が不老不死のようにみえるのは、時間の流れがきわめてゆっくりだからなのだろう。
人界に降りてくると、かぐや姫は三か月で成人するし、浦島太郎は玉手箱をあけたとたんにおじいさんになる。

仙人は霞を食べて生きているなんて、きいたことがあるが、じっさいそうらしい。
人界の穀物は汚らわしいもので、それを口にしてしまうと、もう神仙の世界にはもどれないという。では、かぐや姫は竹取の翁の家で何を食べていたのだろう? 
おそらくおじいさんやおばあさんと同じものを食べていたのだ。
かぐや姫は、天上に帰る前に、壺なるお薬奉れ。きたなきところのものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞと天人にいわれ、壺の薬をひとなめしている。
育ててくれたおじいさんとおばあさんには失礼な話だが、おそらくそれで清らかな体にもどれたのだろう。

神仙人は、方術という不思議な術を使う。
帝がかぐや姫に触れようとしたら、パッと消えて影になってしまったり、月からの使者を迎え撃とうとした帝の兵士たちが、まばゆい光のせいで金縛りになったりしたのが、それである。

十年も人界で暮らしたかぐや姫は、人の情を知って、おじいさんおばあさんや帝との別れに涙するが、天の羽衣を着ると、けろりとしてしまう。
月のみやこの人たちは思ふこともなく侍るなりと、かぐや姫はいう。神仙人には情というものがないから、悩んだり心配したりすることもないのである。
それも、神仙界のお約束事なのだ。

現代の読者が読んで、わけがわからなかったり、荒唐無稽に思われることも、神仙界のルールを熟知していた当時の貴族階級の知識人には自明のことなのだという。

かぐや姫の謎が、すっきり解けてしまって、読んでよかったのか、読まないほうがよかったのか……
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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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