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紅い芥子粒
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ある日とつぜん、自転車とともに消えた父。二十年後、”ぼく”は、父とともに消えた「幸福印」の自転車を探し当てた……
台湾の作家の小説を読むのは、初めてだ。
そういえば、初めてなんだと気がついたのが、半分近く読み進めてからだった。

主人公は、40代半ばの作家で、自転車マニアである。
”ぼく”の一人称で書かれている。

”ぼく”がどのくらい自転車が好きかというと、好きすぎて、うんざりするぐらい。
台湾で自転車を指す言葉は、ひとつやふたつではない。
脚踏車、自転車、孔明車、鐡馬、単車、自行車……
自転車を指す言葉ひとつとってみても、台湾という国がたどってきた歴史がかいまみえる。
主人公は、数あるそれらの言葉の中で「鐡馬」がいちばん好きだという。
台湾語を母語にする人たちが使う単語だ。

物語は、主人公の家族と自転車の深いかかわりの歴史から始まる。
貧しかった少年時代。父は、台北の中華商場で仕立て屋を営んでいた。
五人いる姉、その後に生まれた兄、さらに十何年も経ってから”ぼく”は生まれた。
七人の子を育てたのは、もちろん両親だが、”ぼく”には、その記憶は、自転車とともにあった。
自転車はだいじな自家用車だった。商用に、日用品の買い出しに、そして病気の子を乗せて医者へ走るために……。

1992年のある日。父が、自転車とともに消えた。
父は、寡黙に仕事に励む人だった。
家族のだれにも、失踪の理由は、わからなかった。
消えた自転車は、父とともに家族を支えてきた三台目の「幸福印」の自転車だった。

それから二十年。自転車マニアとなった主人公は、マニアの伝手をたどり、消えた幸福印の自転車を探しあてた。
”ぼく”は、自転車の来歴をたどる旅に出る。それは、家族にはけっして語られることのなかった、父の物語を聞く旅でもあった。

小説は10章で構成されている。章と章の合間に取材ノートが差しはさまれる。
一つの章に一つの物語。語り手はそれぞれで、ばらばらだ。
物語の多くは、台湾が経験した戦争の記憶だ。

マレー半島を縦断した銀輪(自転車)部隊の話。
ビルマの森で、輸送部隊として軍事使役されたゾウの話。
…… ……

父は、第二次世界大戦の末期に、少年工として日本に徴用され、戦闘機を作っていた過去がある。妻にも子どもたちにも、その物語を語ることなく、戦後四十五年経って、みずから姿を消した。自転車に導かれて”ぼく”が聞いた物語たちは、父の記憶につながる物語でもあったのだ。

主人公は、物語を聞く旅の合間に、探し当てた幸福印の自転車を修理する。部品を取り寄せ、取り換え、こんなにいろいろ取り換えて、つぎはぎだらけになった自転車でも、父の自転車といえるのかどうか。それは、その自転車に関わった多くの人の記憶から、父の物語を再構築していく、作家としての作業に似ているのかもしれない。

台湾は、南の海の小さな島だが、多様な人種、民族の人々が住んでいる。それは、他国に侵略されたり、支配されたりしてきた歴史のたまものなのかもしれない。日本とも深いかかわりのある国なのに、わたしは、台湾のことを何も知らないのだということに気づかされた。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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