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三太郎さん
三太郎
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古代ゲノムの解析によって明らかになりつつある人類のグレートジャーニーとは。
人類の起源に関する本はこれまでも幾つかレビューしてきた。例えば、「我々はなぜ我々だけなのか」はアジアにいた人類の先祖の話だし、「化石の分子生物学」はこの本でも大活躍する遺骨のDNAの分析技術について詳しい。「ネアンデルタール人 奇跡の再発見」はネアンデルタール人の骨の話だし、「絶滅の人類史」は2018年の本でそれまでの人類の起源についての研究成果を網羅していた。今回レビューする本は今年の2月に出たばかりで、さらに新しい成果を読むことができると期待した。

この本では最新のDNA分析技術(次世代シークエンサ)により、数十万年前までの遺骨に残っている細胞の核DNAの遺伝情報(古代ゲノム)が精度よく解析できるようになってからの、人類の起源についての最新の検討結果を読むことができる。

その前に、起源について語るには、遺骨の中のDNA分析と共に、遺骨の正確な年代を決定しなければならないが、現状では精度よく年代が決定できるのは40万年前までだとか。それ以前の骨は年代についての誤差が大きいという。幸いにも我々ホモ・サピエンスが誕生したのが約30~20万年前と言われているから、サピエンスについてはかなり正確な情報が得られそうだ。

ただし遺骨のDNA分析の限界として、遺骨の保存状態がよくないとDNAが分解してしまい分析できない。実はアフリカでホモ・サピエンスが生まれてからアフリカを出るまでの骨はDNAの分析ができていない。アフリカで発掘されたのが砂漠の中などでDNAが分解してしまっていたからだ。

従ってホモ・サピエンスがアフリカを出た時期は、現在のアフリカ人以外の人のDNA分析と、ユーラシア大陸で見つかった古い遺骨の結果とを合わせて判断するしかない。そうして、人類がアフリカを出たのは6~5万年前と今では考えられている。

ただし6万年より前にもユーラシアへ渡ったホモ・サピエンスがいたことが、欧州や中東で見つかったネアンデルタール人の遺骨のDNA分析から分かっている。ネアンデルタール人のDNAには6万年より前にホモ・サピエンスとの混血を示す証拠が見つかっているからだ。6万年以前にユーラシアに渡ったホモ・サピエンスはその後滅亡したらしい。

現人類のDNAにもネアンデルタール人との混血を示す証拠が残っているが、それは6万年以降に起こったことで、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとの混血は時代を変えて複数回起こったことになる。

謎の人類と言われたデニソア人のDNAについても段々分かってきたらしい。デニソア人はネアンデルタール人との共通の先祖から約60万年前に分れたという。つまり約60万年前にホモ・サピエンスとデニソア人とネアンデルタール人が共通の先祖から分れたということになる。デニソア人はユーラシアの東側で遺骨が見つかっている。現在のホモ・サピエンスのなかにデニソア人のDNAが残っていることから両者が混血したことも分かってきた。現在のチベット人のDNAにはデニソア人のDNAが多く残っている。

西洋人の起源についてもDNAの解析により明らかになってきた。最初に欧州に入ってきた狩猟採集民は氷河期が終わる頃に中東から移動してきた農耕民に置き換わっていった。5300年前にスイスアルプスの山中で亡くなったアイスマンのDNAは農耕民のDNAを持ち、現代の欧州人のDNAとは異なっていた。欧州では5000年前から東のカスピ海草原から遊牧民が移動してきてそれまでの農耕民と置き換わっていった。つまり欧州では狩猟採集民、農耕民、遊牧民と遺伝子が置き換わっていったことが解かってきた。西洋人の多くが持つ乳糖分解酵素は遊牧民由来の遺伝子であった。ただし100%置き換わったわけではなくて、ある病気の免疫に関する遺伝子は狩猟採集民から引き継いだものだった。遊牧民が欧州に広まった時にペスト菌も広まり、ペストに免疫のなかった農耕民の人口が減少したことが遺伝子の置き換えにつながったという説もある。

縄文人の起源についても解ってきた。人類が日本列島に達したのは4万年前で彼らが縄文人になったと考えられる。縄文人のDNAを解析すると、中国大陸の田園洞の古代人のDNAと56%が一致した。この田園洞の遺骨は中国南部にいた古代東アジア集団が北上したものなので、縄文人の半分はこの集団から別れたものだ。残りの半分は古代東アジア集団の南にいた古代東南アジア狩猟民から別れたものだろう。古代東南アジア狩猟民はデニソワ人と混血したと考えられている。これら二つの集団が別々に日本列島に渡ってきたのか、どこかで合流してから来たのかは不明である。縄文人の遺伝子は現在の日本人以外にも沿海州の先住民、韓国人や台湾の先住人にもわずかに残っている。

最後は日本人の起源について。

まず縄文人だが、以前は縄文人は遺伝的にほぼ均一だと思われていたが、ミトコンドリアDNAで二つのタイプに分かれ、一つは西日本にもう一つは東日本を中心に分布していたことが解かってきた。これらのミトコンドリアDNAのタイプは現在の日本人にも引き継がれているが、日本以外にはほとんど残っていないので古いタイプの集団のDNAだと思われる。

次に弥生人だが、従来は大陸から渡来人が渡って来て縄文人と混血したと単純に考えられてきたが、遺骨の核DNAの解析が進んでくると、意外な事実が判明した。遺伝子の変異から見ると、縄文人は現代の中国人とは離れた関係にある。しかし現代の日本人は縄文人と現代の中国人の中間に位置し、韓国人は現代の日本人と中国人の中間に位置している。

つまり韓国人はわずかに縄文人の遺伝子を持っている。ここまでは想定内だが、意外なのは、古代の朝鮮半島の遺骨を分析すると、現代の日本人とほぼ同程度に縄文人の遺伝子を持っていたことが解かった。つまり弥生時代の渡来人は現代の韓国人よりも現代の日本人に似ていたかもしれない。渡来人も縄文人の遺伝子(正確には縄文人も含めた東北アジアの旧石器時代人の遺伝子)をかなり持っていたということになる。九州で稲作を始めた弥生人が縄文人に似ているのは、朝鮮半島からの渡来人が縄文人に似ていたからかもしれない。

従って、弥生時代以降も大陸から渡来人が次々とやってきて、縄文人の遺伝子は次第に薄まっていき、現代の日本人になっていったと考えられる。


長くなったのでアメリカ大陸への人類の旅の話は省略します。


著者は最後に、人類の遺伝子は99.9%は同一で、残りの0.1%の違いを遺伝子の違いとして議論していること、人間の集団間の遺伝子の違いは実は非常に小さく、同じ集団の二人の間の違いの方が大きいくらいだという点に注意を促しています。また古代ゲノムの解析は現代の人間集団の成り立ちを明らかにしますが、どんな集団も遺伝的に一定に留まっていることはできない、つまり永遠ではないことも留意すべき点です。ある民族の遺伝的優位性などありようもないのです。
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三太郎
三太郎 さん本が好き!1級(書評数:826 件)

1957年、仙台に生まれ、結婚後10年間世田谷に住み、その後20余年横浜に住み、現在は仙台在住。本を読んで、思ったことあれこれを書いていきます。

長年、化学メーカーの研究者でした。2019年から滋賀県で大学の教員になりましたが、2023年3月に退職し、10月からは故郷の仙台に戻りました。プロフィールの写真は還暦前に米国ピッツバーグの岡の上で撮ったものです。

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この書評へのコメント

  1. ゆうちゃん2022-07-19 23:57

    僕も人類、特にホモサピエンスの起源に関する本は幾つか読んできましたが、お書きになった本はかなり新しいのではないかと思います。僕は数年前にネアンデルタール人とホモサピエンスの交雑の本を読みましたが、それは出アフリカの時に一回限り、のように読めましたしデニソワ原人は謎のまま、その人との交雑の結果は遠く離れた太平洋の人たちに痕跡として認められるとありました。本書ではネアンデルタール人とホモサピエンスの交雑も一回に限らず、またデニソワ原人の謎もそれなりに解明されており、この分野の進歩は目が離せないのですね。
    縄文人の起源がかなり古いと言うのも別の本で読みました。出アフリカ後、欧州よりもかなり早くホモサピエンスは日本列島に到達したのではないでしょうか。

  2. ゆうちゃん2022-07-19 23:58

    「人間の集団間の遺伝子の違いは実は非常に小さく、同じ集団の二人の間の違いの方が大きいくらいだという点に注意を促しています」が少しわかりにくいのですが、任意の集団の平均値をとるとその差異は小さいが、各々の集団の中の標準偏差はそれなりに大きいと言う意味でしょうか?

  3. 三太郎2022-07-20 05:50

    >デニソワ原人の謎

    デニソア人の存在は最近分かったことで遺骨も少ないみたいですが、東南アジアからシベリアまで広く分布していたらしく、今後遺跡が発掘される可能性がありますね。日本人も縄文人からデニソア人の遺伝子を受け継いでいるらしいです。

    >任意の集団の平均値をとるとその差異は小さい

    詳しい説明はなかったのですが、日本人でも中国人でも現代人は複数の系統の遺伝子のミックスなので、例えば二人の日本人を見れば両者の隔たりはかなり大きいと言うことかな。縄文人はミトコンドリアDNAで2系統に分けられますが、現代の日本人のミトコンドリアDNAは多様で多くの系統が混ざっています。平均値はその多様さを均したものですから、遺伝的に平均的な日本人というのは実在しないのかも。

    縄文人は旧石器時代の古い系統をそのまま保存していたようで、日本列島の人間にはその遺伝子がまだはっきりと残っているということです。

  4. 脳裏雪2022-07-20 22:49

    大変興味深く読みました、詳しく且つ判りやすくて面白いです、
    歴史が始まってからは、おそらく
    ミーム遺伝子の影響が大きいですよね、、コチラもだんだんと混じって平準化してきてますね、良し悪しはわからんけど、

  5. 三太郎2022-07-21 02:46

    卑弥呼の時代や古墳時代の遺骨の核DNAの分析が進むと日本人の成り立ちがもっとよく解ってくるかもしれません。ミームというのは化石で残らないから想像するしかありませんが、弥生時代から古墳時代までにいろいろな文化が混ざっていったのかも。縄文人のミームも信仰心などに今でも残っている気がしますね。

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