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星落秋風五丈原
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現代版アンティゴネーと言われる作品
 オイディプスを父に持つテーバイの王女アンティゴネーは、父が自分の出生の秘密(実の父を殺し母と結婚する)を知って目を潰した後、母イオカステの兄弟クレオーンに追放され、妹イスメーネーとともに父に付き添って諸国を放浪した。兄の1人、ポリュネイケースは隣国の助けを借りてテーバイの王位を取り戻すべく攻め寄せてくるが戦死。クレオーンは反逆者であるポリュネイケースの屍を葬ることを禁じるが、アンティゴネーは自ら城門を出て、市民たちの見ている前でその顔を見せて兄の死骸に砂をかけ、埋葬の代わりとした。そのため彼女は、クレオーンによって捕らえられ、地下の墓地に生きながら葬られ自害。その婚約者であったクレオーンの息子ハイモーンもまた彼女を追って自刃。

 …と、ざっと粗筋を書いただけでも、悲劇であることがわかる。どこを取っても悲劇。コメディ入る余地なし。肉親を埋葬したいという人間の情と、それを禁じる法との対立がテーマである。

 物語冒頭は、パキスタン系イギリス人イスマが空港で散々待たされる場面だ。イギリスでは危険視される男を父に持つため、散々待たされ荷物を調べられる。ようやく許されるが、予約していた飛行機には乗れない。彼女達ムスリムが感じる不便・不都合はこれだけではなく、あくまでもこれが始まりであることが、この後の日常描写で明かされる。

 理不尽を感じつつも、妹弟との平穏な暮らしを望む優等生かつザ・長女のイスマ、こちらもザ・次女と言える姉の優等生ぶりに反発し、愛情表現もリミットなしのアニーカ。アンティゴネーのある人物に擬せられる(言ってしまうと運命がわかってしまう)パーフェイズは、以前ドキュメンタリーで見た『IS戦士ができるまで』を地で行くが如く、目的を持って近づいてきた男に手もなく騙され、戦士に仕立てられる。但し純粋培養されるような子なので、根が善良であり、自分が強いられていることのおかしさにも気づいていく。彼は英国大使館に行こうとするが、その“意図”は内面描写がある彼の章でしか明かされないため、当然の帰結として”意図”でなく”行動”が誤解を受ける。

 5人それぞれの章が立てられそれぞれの内面描写が語られる中で、唯一大人がいる。アニーカと恋仲になるエイマンの父カラマットで、内務大臣となりムスリムとして成功している部類に入る。しかし彼がイギリスで受け入れられるためには、同胞たるパキスタン系イギリス人に厳しくあたらなければならない。モティーフとなったアンティゴネーのテーマ‐法と情の相克‐を体現するキャラクターである。だからこそ彼の章が最後にならなければならなかった。

 帰りたい時に、帰りたい場所に、帰る。これは、権利として、わざわざ人が獲得しなければならないものなのか。
    • フレデリック・レイトンによるアンティゴネー
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2325 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2022-10-26 06:58

    イギリスの新首相誕生ニュースをみて、ついこの物語を思い出してしまったのは私だけかしら?(^^ゞ

  2. ぽんきち2022-10-26 08:55

    今これちょうど読んでいます! 中盤、パーヴェイズの章の途中です。

    そうなんだ、「アンティゴネー」的なお話なのですか・・・。ハッピーエンドにはなりそうもないな、とは思っていましたが、思っていたよりさらに苦いかな。

    最後までじっくり読んでみたいと思います。

  3. No Image

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