ぽんきちさん
レビュアー:
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被害者の心の遣りどころ
著者は京都新聞記者。
2012年4月、京都府亀岡市で交通事故があった。
集団登校中の児童らの列に、無免許かつ睡眠不足の少年の運転する車が突っ込み、3人が死亡、7人が重軽傷を負った。
本書では、この事件を軸に、被害者の思いを追う。
亀岡の事故で亡くなったのは、付き添っていた妊娠中の母親と小学2年生女児と3年生女児の3人である。胎児も亡くなったため実質的には4人であったともいえる。
事故の直後から、妊婦の父親が中心となり、加害者への厳罰を求める署名活動などが続けられてきた。
記者である著者は、被害者遺族らに寄り添い、折に触れ、心情を聞き取ってきた。事件後の10年の経緯をまとめたのが本書である。
この事故では結果も重大だったが、原因の軽率さも世間を驚かせた。
非行少年らが長時間に渡り、ほぼ寝ていない状況で暴走を繰り返し、ついには居眠り状態で登校児童の列に後ろから突っ込んだのである。被害者は跳ね飛ばされ、車の底や花壇の縁石で体を圧迫され、あるいは石に頭頂部を強打するなどした。
事故の結果の重大さもあってか、運転していた少年だけでなく、車を貸したもの、同乗していたものを含め、逮捕者は6人に及んだ。
だが、被害者側の望む危険運転致死傷は適用されなかった。当時の法制度では、無免許運転や居眠り運転はこれに当てはまらないとされたためだった。
被害者らは法改正を求めて運動を続けていくことになる。
この事件では、当初から、妊婦の父がクローズアップされることが多く、本書でもこの中江さんに関わる部分が多い。
仲の良い親子で、娘の結婚後も頻繁に行き来があった。会見ではしばしば加害者に対する苛烈な処罰感情も示した。強面の印象が強いが、実際は気配りの人なのだという。
激しい憤りを示した裏には、救急搬送された娘の痛ましい状況、また警察や学校から加害者側に娘の携帯番号が漏れていたこと、ネットで誹謗中傷を受けていたことなどがあった。
落ち度のなかったものが、突然、日常を奪われる。その悲惨さは想像を絶する。
中江さんは、加害者に対する激しい処罰感情を抱きながら、講演活動などにも取り組む。その中で、やがて犯罪者の更生支援にも関わっていくようになる。このあたりの心の揺れも取材は丁寧に追っていく。
父を突き動かしたのは、自身が加害者にならないためには何かをしていないと収まらないという思いだったようにも感じられる。犯人は憎い。けれども私的に復讐に走れば犯人と同じ側に立ってしまう。娘のためにもそれはできない。その葛藤が原動力であったのではないか。
同じ被害者側でも、思いは一律ではない。
妊婦の夫は義父の運動についていくことはできず、やがて距離を取ることになる。
女児の一方の親は運動にはある程度関わってきたが、他の子供たちの子育てとのバランスに悩んだ。
もう一方の親は、家族と事件を切り離すことにつとめ、表に出るのは自分のみ、運動にも深くは関わらないと決めた。
「誰も加害者を裁けない」というタイトルは被害者の心情を汲んだものだろう。つまり、現行の法体制では罪に見合う罰則は加害者側には与えられていないという思いである。
タイトルに留まらず、全体に、第三者的に事件を見ることを求められる記者の立場からすると、若干被害者側に寄り過ぎではないかと思う部分はある。加害者側が未成年ということや、収監されていたこともあり、ほぼコンタクトが取れなかったことからすると、ある程度は仕方がないのかもしれないが。
著者らは少年への厳罰に否定的な研究者の意見も取り上げている。世論の感情論に惑わされ過ぎぬよう、異なる視点の意見を入れていくことは重要なことだろう。
時代の変化に伴い、法律が時代遅れになることもあるだろう。それで不利益を被った側が少しずつ改善を求めていくしかないのか。このあたりも難しいところである。
交通事故は、殺人事件などと異なり、運転者が殺そうと思っていなくても車が凶器と化す場合もある。結局のところ、軽々しくハンドルを握るなということに尽きるのかもしれないが、それを徹底するのもまた難しいことだろう。
クリアカットな答えは出ないが、さまざま考えさせられる。
2012年4月、京都府亀岡市で交通事故があった。
集団登校中の児童らの列に、無免許かつ睡眠不足の少年の運転する車が突っ込み、3人が死亡、7人が重軽傷を負った。
本書では、この事件を軸に、被害者の思いを追う。
亀岡の事故で亡くなったのは、付き添っていた妊娠中の母親と小学2年生女児と3年生女児の3人である。胎児も亡くなったため実質的には4人であったともいえる。
事故の直後から、妊婦の父親が中心となり、加害者への厳罰を求める署名活動などが続けられてきた。
記者である著者は、被害者遺族らに寄り添い、折に触れ、心情を聞き取ってきた。事件後の10年の経緯をまとめたのが本書である。
この事故では結果も重大だったが、原因の軽率さも世間を驚かせた。
非行少年らが長時間に渡り、ほぼ寝ていない状況で暴走を繰り返し、ついには居眠り状態で登校児童の列に後ろから突っ込んだのである。被害者は跳ね飛ばされ、車の底や花壇の縁石で体を圧迫され、あるいは石に頭頂部を強打するなどした。
事故の結果の重大さもあってか、運転していた少年だけでなく、車を貸したもの、同乗していたものを含め、逮捕者は6人に及んだ。
だが、被害者側の望む危険運転致死傷は適用されなかった。当時の法制度では、無免許運転や居眠り運転はこれに当てはまらないとされたためだった。
被害者らは法改正を求めて運動を続けていくことになる。
この事件では、当初から、妊婦の父がクローズアップされることが多く、本書でもこの中江さんに関わる部分が多い。
仲の良い親子で、娘の結婚後も頻繁に行き来があった。会見ではしばしば加害者に対する苛烈な処罰感情も示した。強面の印象が強いが、実際は気配りの人なのだという。
激しい憤りを示した裏には、救急搬送された娘の痛ましい状況、また警察や学校から加害者側に娘の携帯番号が漏れていたこと、ネットで誹謗中傷を受けていたことなどがあった。
落ち度のなかったものが、突然、日常を奪われる。その悲惨さは想像を絶する。
中江さんは、加害者に対する激しい処罰感情を抱きながら、講演活動などにも取り組む。その中で、やがて犯罪者の更生支援にも関わっていくようになる。このあたりの心の揺れも取材は丁寧に追っていく。
父を突き動かしたのは、自身が加害者にならないためには何かをしていないと収まらないという思いだったようにも感じられる。犯人は憎い。けれども私的に復讐に走れば犯人と同じ側に立ってしまう。娘のためにもそれはできない。その葛藤が原動力であったのではないか。
同じ被害者側でも、思いは一律ではない。
妊婦の夫は義父の運動についていくことはできず、やがて距離を取ることになる。
女児の一方の親は運動にはある程度関わってきたが、他の子供たちの子育てとのバランスに悩んだ。
もう一方の親は、家族と事件を切り離すことにつとめ、表に出るのは自分のみ、運動にも深くは関わらないと決めた。
「誰も加害者を裁けない」というタイトルは被害者の心情を汲んだものだろう。つまり、現行の法体制では罪に見合う罰則は加害者側には与えられていないという思いである。
タイトルに留まらず、全体に、第三者的に事件を見ることを求められる記者の立場からすると、若干被害者側に寄り過ぎではないかと思う部分はある。加害者側が未成年ということや、収監されていたこともあり、ほぼコンタクトが取れなかったことからすると、ある程度は仕方がないのかもしれないが。
著者らは少年への厳罰に否定的な研究者の意見も取り上げている。世論の感情論に惑わされ過ぎぬよう、異なる視点の意見を入れていくことは重要なことだろう。
時代の変化に伴い、法律が時代遅れになることもあるだろう。それで不利益を被った側が少しずつ改善を求めていくしかないのか。このあたりも難しいところである。
交通事故は、殺人事件などと異なり、運転者が殺そうと思っていなくても車が凶器と化す場合もある。結局のところ、軽々しくハンドルを握るなということに尽きるのかもしれないが、それを徹底するのもまた難しいことだろう。
クリアカットな答えは出ないが、さまざま考えさせられる。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- ぽんきち2022-07-04 12:52
危険運転致死傷罪というのは、元々悪質な飲酒運転に対処するための法律で、構成要件が結構厳しい(飲酒や薬物、殊更な信号無視など)ようですね。
この事故の場合、少年は無免許だったのですが、それまでにある程度の運転はしていることから、「未熟運転致死傷」にはあたらないと判断されたようですね。
これ以外にも適用されなかった例があり、実情にあっていない部分があるようです。
その後の法改正では、この法律自体というより、「自動車運転死傷行為処罰法」という特別法が制定され、無免許などの危険運転をより厳しく取り締まれるようになっているようです。
ただこのあたりは、法律を厳しくしてもそこから漏れるケースは出てくるでしょうし、なかなか難しいところです。
心情的に明らかにダメだろう、みたいなものがカバーされないのは、どうにかならないのかなとは思いますが。
交通事故ゼロは難しいでしょうが、重大事故は減っていくとよいですね。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
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