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紅い芥子粒
レビュアー:
僕はお前を恋していた。お前も僕を恋していたと言っていい。
昭和二十三年、作者(川端康成)は五十歳を区切りに全集を出すことになった。
そのために、未発表の手紙や日記、中学生のころの作文まで読み直す作業を始める。

いつかは作品にしようと思いつつ、手がつけられずにいた少年の日の日記や手紙……

「少年」は、中学の寄宿舎で同室だった、清野少年との愛の思い出を書いた作品である。作者が室長で、清野少年は二級下だった。

作者は幼いころに両親を亡くした。祖父と暮らしていたが、中学三年のときに、その祖父にも死なれてしまう。伯父の家にひきとられたものの、居づらかった。
寄宿舎に入ったのは、そのためだ。
作者の孤独を慰めてくれたのが、美少年の清野だったのである。
いつも清野少年の横で寝た。
清野少年の腕を抱き、なでさすり、ときにはくちびるを……

というと、いかにもムズムズするBL小説のようだが、そうでもない。

50歳の作者が、そのころの日記を読み、記憶を掘り起こし、関連する手紙を探し出して読み、忘れていたことを思い出し……、というふうに進んでいくので、読者は、書き写された日記や手紙を読んでいくことになる。
合い間には、50歳の作者の考察が入る。

書き写された古い日記や手紙は、時系列的に並べられているわけではない。
中学時代の思い出ばかりでなく、「伊豆の踊子」時代の思い出に飛んだりもする。

それでも、読み終えてみれば、清野少年との同性愛未満の少年愛の物語が、じわりと胸にしみこんでくる。

作品の後半は、清野少年から送られてきた手紙が並んでいる。
作者は、大阪の中学を卒業すると、東京に出て一高に進んだが、その後も、清野少年に手紙を書いた。清野少年も、熱心に返事を書いた。作者がどんな手紙を書いたかはわからないが、清野少年から来た返事が載せられている。

はじめのうち、清野少年の手紙は、頼りにしていた恋人に捨てられた”おんな”のような文章だった。
それが、だんだん変わってくる。
中学卒業後の進路に迷っていた清野少年だが、ある新興宗教の教団で修業を始める。
彼は、その教団幹部の息子だったのである。
しだいに宗教色を強めてくる清野少年の手紙に、作者がどんな返事を書いていたかはわからない。
ただ、清野少年がどんな神を崇拝していようが、かつての室長=作者への敬愛の念は失われていないことはよくわかる。

清野少年からの最後の手紙は、大正十一年十月二十四日付けである。
軍隊に行っていたことが、短く報告されている。
それから、宗教の話。室長=作者の文学への敬意。
結びの言葉は呪文のような、「かんながらたまちはえませ」。

この手紙の時、作者は24歳の帝大生。15歳の少女を好きになり、結婚しようと必死になっていたころだった。

作者と清野少年は、別々の道を歩き、ふたりはしだいに遠ざかっていった。
50歳の作者は、清野少年に会わなくなっても「感謝はもちつづけている」と書く。
「少年」を書いたので、清野少年にかかわる古日記も古手紙も焼却するという。

作者は、それらをどこで焼いたのだろうか。
庭か、野原か、どこかの河原か……清野少年との少年愛の思い出も、白い煙になって天に昇って行ったことだろう。

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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:559 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

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