darklyさん
レビュアー:
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ボスニア紛争を舞台としたムスリムの女性カーラによる復讐譚という体裁を取りながら、西洋人に宿る騎士道精神が影の主役である重厚な物語
上下巻併せての書評となります。
本を選ぶ基準としてその時々の世の中の出来事に合わせて選ばれる方と、それとは関係なく自分の読みたい本を選ばれる方がいらっしゃると思いますが、私は明らかに後者のカテゴリに属します。しかし選んだ本が偶然にも世の中の出来事とマッチし、考えさせられると共に深い読書体験となることがあります。
本書「カーラのゲーム」はボスニア紛争を舞台としたものです。これが現在のウクライナ侵攻と被ります。確かにボスニア紛争とウクライナ侵攻は直接的には関係ありません。ボスニア紛争はムスリム(イスラム教徒)とクロアチア人とセルビア人達の間の複雑な三つ巴の戦いであり、人種と宗教が複雑に絡み合った、もっと言えばソ連時代に無理やりユーゴスラビアという国に押し込められた人々の間の不幸な出来事であり、一概にどこが正しいとか正しくないとか言えないものだろうと思いますが、ウクライナ侵攻は明らかなロシアの暴挙です。
しかし、直接戦争に関係ない無辜の民が味わった苦しみはどちらも同じであり、主に本書の前半部分の戦争の無慈悲さを読むにつけ現在のウクライナの現状に思いを馳せた時に涙を禁じえませんでした。そして惨状を目の当たりにしながらも他国は当然自国の国益を優先し、それらの人々を見殺しにしているところもボスニア紛争もウクライナ侵攻も変わりありません。時代が変わろうとも人類は全く進歩していないのではないかと無力感を覚える人も少なくないはずです。
ムスリムであるカーラは孤立化した前線の街で幼い息子ヨヴァンを抱え、わずかな配給を求めて命を危険に晒していた。そのような日々が続くある夜、ヨヴァンが腹痛に苦しむ中、カーラは自らの命を顧みず、家の外で砲撃により負傷したイギリスの特殊部隊SASの隊員を救った。カーラはSASリーダーのフィンに負傷した隊員と共にヨヴァンをヘリに乗せて助けてほしいと懇願するがフィンは軍の規則をたてに断った。その代わり後で必ず救出に来ると約束する。
約束通りフィンはカーラたちを救出し、病院での治療によりヨヴァンは一命をとりとめ、カーラは前線で戦っていた夫とも再会する。喜びも束の間、砲撃によりヨヴァンはがれきの下に、そして夫はスナイパーの狙撃により命を落とす。そのことを後で知ったフィンは後悔する。あの時二人をヘリに乗せていればこのような事態にはならなかったのではないかと。
絶望の淵に叩き落されながらも生きようとするカーラは才覚を発揮して闇市でのし上がる。その様子を見ていたのがイスラム過激派のスカウトだった。彼はムスリムの兵士をもとめていたのだ。スカウトに応じ訓練を受けテロリストとなったカーラは一味を指揮しハイジャックに成功する。しかし、カーラの要求は奇妙なものであり、また人質に危害は全く加えない。カーラの狙いは何なのか?またフィンはそのハイジャック犯たちをせん滅する任務についている。フィンの決断は?
プロットは前述の通り複雑ではありません。しかし、物語をリアルに彩る、諜報機関による情報戦、各国の政治的思惑、軍人の矜持などが複雑に絡み合い物語を重厚なものにしており、戦争物にありがちなスカッとした単純なヒーロー物とは一線を画しています。そして最後に訪れる静かな感動がなんとも言えない読後感をもたらします。
この物語をウクライナ侵攻前に読んでいたら印象は全く違っていたと思います。フィンの持つ騎士道精神が私はロシアを含め西洋諸国の人々の中には未だに息づいていると思いますし、そう信じたい。ヨーロッパの中からも、そしてロシアの中からもその精神を持った人物がこの邪悪な侵攻を止めるべく立ち上がって欲しいと思います。
本を選ぶ基準としてその時々の世の中の出来事に合わせて選ばれる方と、それとは関係なく自分の読みたい本を選ばれる方がいらっしゃると思いますが、私は明らかに後者のカテゴリに属します。しかし選んだ本が偶然にも世の中の出来事とマッチし、考えさせられると共に深い読書体験となることがあります。
本書「カーラのゲーム」はボスニア紛争を舞台としたものです。これが現在のウクライナ侵攻と被ります。確かにボスニア紛争とウクライナ侵攻は直接的には関係ありません。ボスニア紛争はムスリム(イスラム教徒)とクロアチア人とセルビア人達の間の複雑な三つ巴の戦いであり、人種と宗教が複雑に絡み合った、もっと言えばソ連時代に無理やりユーゴスラビアという国に押し込められた人々の間の不幸な出来事であり、一概にどこが正しいとか正しくないとか言えないものだろうと思いますが、ウクライナ侵攻は明らかなロシアの暴挙です。
しかし、直接戦争に関係ない無辜の民が味わった苦しみはどちらも同じであり、主に本書の前半部分の戦争の無慈悲さを読むにつけ現在のウクライナの現状に思いを馳せた時に涙を禁じえませんでした。そして惨状を目の当たりにしながらも他国は当然自国の国益を優先し、それらの人々を見殺しにしているところもボスニア紛争もウクライナ侵攻も変わりありません。時代が変わろうとも人類は全く進歩していないのではないかと無力感を覚える人も少なくないはずです。
ムスリムであるカーラは孤立化した前線の街で幼い息子ヨヴァンを抱え、わずかな配給を求めて命を危険に晒していた。そのような日々が続くある夜、ヨヴァンが腹痛に苦しむ中、カーラは自らの命を顧みず、家の外で砲撃により負傷したイギリスの特殊部隊SASの隊員を救った。カーラはSASリーダーのフィンに負傷した隊員と共にヨヴァンをヘリに乗せて助けてほしいと懇願するがフィンは軍の規則をたてに断った。その代わり後で必ず救出に来ると約束する。
約束通りフィンはカーラたちを救出し、病院での治療によりヨヴァンは一命をとりとめ、カーラは前線で戦っていた夫とも再会する。喜びも束の間、砲撃によりヨヴァンはがれきの下に、そして夫はスナイパーの狙撃により命を落とす。そのことを後で知ったフィンは後悔する。あの時二人をヘリに乗せていればこのような事態にはならなかったのではないかと。
絶望の淵に叩き落されながらも生きようとするカーラは才覚を発揮して闇市でのし上がる。その様子を見ていたのがイスラム過激派のスカウトだった。彼はムスリムの兵士をもとめていたのだ。スカウトに応じ訓練を受けテロリストとなったカーラは一味を指揮しハイジャックに成功する。しかし、カーラの要求は奇妙なものであり、また人質に危害は全く加えない。カーラの狙いは何なのか?またフィンはそのハイジャック犯たちをせん滅する任務についている。フィンの決断は?
プロットは前述の通り複雑ではありません。しかし、物語をリアルに彩る、諜報機関による情報戦、各国の政治的思惑、軍人の矜持などが複雑に絡み合い物語を重厚なものにしており、戦争物にありがちなスカッとした単純なヒーロー物とは一線を画しています。そして最後に訪れる静かな感動がなんとも言えない読後感をもたらします。
この物語をウクライナ侵攻前に読んでいたら印象は全く違っていたと思います。フィンの持つ騎士道精神が私はロシアを含め西洋諸国の人々の中には未だに息づいていると思いますし、そう信じたい。ヨーロッパの中からも、そしてロシアの中からもその精神を持った人物がこの邪悪な侵攻を止めるべく立ち上がって欲しいと思います。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:東京創元社
- ページ数:0
- ISBN:9784488801342
- 発売日:2000年01月01日
- 価格:2円
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