ぽんきちさん
レビュアー:
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ロシアでのトヨタ立ち上げ奮戦記
2004年の通称ロシアトヨタの立ち上げに奔走した社長の奮戦記である。
著者はもともと長銀総研にいた人物で、在ウクライナ大使館付き専門調査員として勤めていた。長銀が破綻したことから帰る先がなくなったところで、トヨタから声を掛けられたのだった。
当時会長であった奥田碩の肝煎りで、トヨタはロシア進出を目論んでいた。ロシア通の人材として著者に白羽の矢が立ったのである。
ロシアでの事業立ち上げ。
それはさまざまなことが手探りで、一筋縄ではいかないタスクだった。
慣習も違えば気風も違う。鉄のカーテンの向こう側であった時代からまださほど時間も経っていない。
そもそもが、ロシアでは唯一無二の「ロシア」という国名をそのまま企業名に用いることが禁じられている。海外企業が進出すると、通常は、ロシア語や英語の一部を取って「ロス○○」、「○○ルス」とするのが一般的だったが、英語圏ならともかく、日本では意味がわからない。そこで、ロシアでの登記は「有限会社トヨタモーター」とし、日本の本社向けに使う通称を「ロシアトヨタ」とする、といった具合。
そこから販売網を広げ、さらには生産事業も進めていく。
そうなってくるとロシア政府関係者への根回しも必要になってくる。相手が本当にトヨタの進出を歓迎してくれるのか、協力してくれるのか。交渉先の窓口は誰になるのか。腹の探り合いである。
なるほど、大きな事業というのはこういう人々がこういう風に進めていくのか、というおもしろさがある。
なかなか腹の読めないロシア人たち。粗野で不条理、あちこちに落とし穴がある。
その中で、「一燈を提げて暗夜を行く」かのように、コンプライアンスを守り、ビジネスのしくみをつくりながら、少しずつ前に進んでいく。
販売が徐々に軌道に乗る。すると、税務調査が入る。因縁のような問題点が指摘される。追徴金は巨額になると言われる。しかし一方で、当の税務官から、追徴金の1%を払えば、問題事項を削除してやってもよい、と持ち掛けられる。さあ、どうする。
指摘された問題点を受け入れて追徴金を支払うか。税務官との取引に応じるか。あくまでも会社の正しさを主張して法廷で争うか。
取引に応じてしまうのが一番手っ取り早いのかもしれなかったが、それは「正しく」はない。かといって大掛かりな裁判も気が重い。
ロシアトヨタは、じっくり腰を据え、これに対処していく。
いざ生産を始めるとなると、工場建設がまた一苦労である。
土地の選定、資材の購入、実際の施工。
そこを仕切っていく、多士済々の尽力が必要だった。
奮戦の合間に、奥田会長との思い出やロシアを訪ねた大女優とのエピソード、シベリア鉄道旅行記なども綴られる。このあたりも著者の闊達な人物像が窺えておもしろい。
19世紀の詩人で外交官のフョードル・チュッチェフがこう記しているという。
その通りの混沌。
著者のロシア戦記はリーマンショックのあたりで終わる。見込みが外れて、ロシアトヨタが大量の在庫を抱えてしまう中、著者は会社を去る。けれども後に続く者たちが育っている。ロシアトヨタは歩みを進めていくだろう、という論調で、読後感は暗くはない。
本書刊行は2021年12月10日。ロシアのウクライナ侵攻前である。
さて、現在ロシアトヨタがどうしているかといえば、工場の稼働および販売の停止を告げる22年3月3日(トヨタHP「ロシア事業(現地生産・車両輸入)について」)以降の正式な発表は見当たらないのだが、撤退もありうるというところだろうか。
個人的には侵攻がなければ読まなかった本だと思うが、奮戦記自体は興味深く読みつつ、一方でこの先、どうなるのかを知りながら、というのはなかなか複雑である。今読むのが、タイムリーであったのか、時期を逸したのか、微妙なところだ。
ロシア人気質なども垣間見える点は興味深い。だが、ロシア社会もこの先、大きな変動を余儀なくされるだろう。ロシアでのビジネスが再開するとして、これとはまったく違う問題が起きてくるのではなかろうか。
著者はもともと長銀総研にいた人物で、在ウクライナ大使館付き専門調査員として勤めていた。長銀が破綻したことから帰る先がなくなったところで、トヨタから声を掛けられたのだった。
当時会長であった奥田碩の肝煎りで、トヨタはロシア進出を目論んでいた。ロシア通の人材として著者に白羽の矢が立ったのである。
ロシアでの事業立ち上げ。
それはさまざまなことが手探りで、一筋縄ではいかないタスクだった。
慣習も違えば気風も違う。鉄のカーテンの向こう側であった時代からまださほど時間も経っていない。
そもそもが、ロシアでは唯一無二の「ロシア」という国名をそのまま企業名に用いることが禁じられている。海外企業が進出すると、通常は、ロシア語や英語の一部を取って「ロス○○」、「○○ルス」とするのが一般的だったが、英語圏ならともかく、日本では意味がわからない。そこで、ロシアでの登記は「有限会社トヨタモーター」とし、日本の本社向けに使う通称を「ロシアトヨタ」とする、といった具合。
そこから販売網を広げ、さらには生産事業も進めていく。
そうなってくるとロシア政府関係者への根回しも必要になってくる。相手が本当にトヨタの進出を歓迎してくれるのか、協力してくれるのか。交渉先の窓口は誰になるのか。腹の探り合いである。
なるほど、大きな事業というのはこういう人々がこういう風に進めていくのか、というおもしろさがある。
なかなか腹の読めないロシア人たち。粗野で不条理、あちこちに落とし穴がある。
その中で、「一燈を提げて暗夜を行く」かのように、コンプライアンスを守り、ビジネスのしくみをつくりながら、少しずつ前に進んでいく。
販売が徐々に軌道に乗る。すると、税務調査が入る。因縁のような問題点が指摘される。追徴金は巨額になると言われる。しかし一方で、当の税務官から、追徴金の1%を払えば、問題事項を削除してやってもよい、と持ち掛けられる。さあ、どうする。
指摘された問題点を受け入れて追徴金を支払うか。税務官との取引に応じるか。あくまでも会社の正しさを主張して法廷で争うか。
取引に応じてしまうのが一番手っ取り早いのかもしれなかったが、それは「正しく」はない。かといって大掛かりな裁判も気が重い。
ロシアトヨタは、じっくり腰を据え、これに対処していく。
いざ生産を始めるとなると、工場建設がまた一苦労である。
土地の選定、資材の購入、実際の施工。
そこを仕切っていく、多士済々の尽力が必要だった。
奮戦の合間に、奥田会長との思い出やロシアを訪ねた大女優とのエピソード、シベリア鉄道旅行記なども綴られる。このあたりも著者の闊達な人物像が窺えておもしろい。
19世紀の詩人で外交官のフョードル・チュッチェフがこう記しているという。
ロシアは頭ではわからぬ、
なみの尺度でははかれぬ、
ロシアならではの特質がある、
ロシアは信じることができるのみ
その通りの混沌。
著者のロシア戦記はリーマンショックのあたりで終わる。見込みが外れて、ロシアトヨタが大量の在庫を抱えてしまう中、著者は会社を去る。けれども後に続く者たちが育っている。ロシアトヨタは歩みを進めていくだろう、という論調で、読後感は暗くはない。
本書刊行は2021年12月10日。ロシアのウクライナ侵攻前である。
さて、現在ロシアトヨタがどうしているかといえば、工場の稼働および販売の停止を告げる22年3月3日(トヨタHP「ロシア事業(現地生産・車両輸入)について」)以降の正式な発表は見当たらないのだが、撤退もありうるというところだろうか。
個人的には侵攻がなければ読まなかった本だと思うが、奮戦記自体は興味深く読みつつ、一方でこの先、どうなるのかを知りながら、というのはなかなか複雑である。今読むのが、タイムリーであったのか、時期を逸したのか、微妙なところだ。
ロシア人気質なども垣間見える点は興味深い。だが、ロシア社会もこの先、大きな変動を余儀なくされるだろう。ロシアでのビジネスが再開するとして、これとはまったく違う問題が起きてくるのではなかろうか。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:中央公論新社
- ページ数:0
- ISBN:9784120054846
- 発売日:2021年12月09日
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