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ゆうちゃん
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古典物理学や数学の幾何学にさえおいても、未だに仮説を前提に理論が構築されている。そうした仮説の有用性や限界を論じた20世紀初頭に書かれた科学論。科学の世界を深く理解したい人いに必須の本。
仮説→実験→検証を繰り返し、定説となって行くのが科学の発展とされている。この場合、仮説とは実験を計画するときの予測とか実験結果の解釈の方法くらいの意味である。本書で言う仮説もこの範疇にあると言えばあるのだが、法則そのものが仮説、検証できない定説、と言ったような意味でも使われており、広く数学や物理学のこのような多くの事例が語られる。
例えばニュートンの運動方程式は、本書では仮説(規約)となっている。相対性理論の効果が及ばない程度の世界(低速、低重力)で人間が観測したデータでこれに反するものはない。しかし、もしこれに数学的な検証が必要なら、これは全宇宙の物質で試さねばならないが、それは不可能であり、これは事実を最もよく説明する法則としか言えない(ので、本書では仮説の範疇である)。厳密に言えば「確からしい」程度のことであって数学的な法則とはここが異なる。ポアンカレがこのような本を書いたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、それまで科学の根底を成していた説が崩れたり、変更を余儀なくされたりして、科学万能説から科学不信まで喧々諤々の議論があったから、らしい。
ポアンカレは序文で仮説を三つに分類している。①検証可能な実り多い仮説、②誤謬に陥れることなく思惟を固定させるのに有用な仮説、③定義や規約の扮装をつけた仮説である。①が冒頭に書いた、最もよく知られる仮説である。③が本書で最も重要な仮説で、要するに確からしいと認められるが、厳密に数学的な証明は出来ない仮説である。用語が紛らわしくなるのを承知で書けば、この仮説は多くの場合、定説となっているので、科学の次の発展のための議論や新しい理論の出発点になっている。②の意味は本書をきちんと読み取れなかったが、考えや実験の方針を定めるのに有用な仮説のことではないだろうか。

本書の内容は、数学の代数(第1,2章)、幾何学(第3~5章)、古典力学(第6,7章)、エネルギーと熱力学(第8章)、物理学における仮説論(第9章)、電磁気学(第10、12、13章)、確率論(第11章)、質量に関する考察(第14章)となっている。

このうち代数の分野だけは、仮説の無い世界だと評者は読んだ。数学は物理学と異なり「証明」の手続きによって仮説の無い世界が編まれると思われる。実際、数学的帰納法を中心にそうした仮説のない代数の世界が第1、2章に描かれている。しかし、ポアンカレは第3章以降の、幾何学については最も一般的なユークリッド幾何学も(純数学的には仮説に過ぎない)公理を出発点にしており、公理の内容を変えればリーマン幾何学とかロバチェフスキー幾何学と言ったようなユークリッド幾何学とは全く相いれない幾何学が成立すると論じている(つまり幾何学は③の仮説に依拠して成り立っている)。ただ、人間の感覚からすればユークリッドの幾何学が最も馴染みやすいのは確かだ。
物理学の中でも古典力学について、ニュートンの三つの法則(慣性の法則、運動方程式、作用反作用の法則)について最初の段落に書いたようなことを延々と述べている。エネルギーと熱力学については、エネルギー保存則と最小作用の法則がやはり③の仮説として取り上げられている。
第9章で物理学における仮説の立て方を述べ、第11章では確率を議論している。確率が何故登場するかというと、蓋然性の高いものを選ぶという行為、初期条件の推測などに使われる場合などが挙げられている。更に、仮説の検証のために必要な測定と言う行為が必要で、測定に必然的に伴う誤差(系統誤差、偶発誤差)を吟味するために、得られたデータを「評価」するための考え方も確率である。確率は、科学記事でも登場しないことが多いが実は科学の基礎と言えるので一章を割いて説明している。
そして10章以降は電磁気学の分野に移るのだが、ここでは科学的な成果があまりにポアンカレの時代には直近なせいか、③の仮説論は聞けず、一番お馴染みの①の仮説(実験結果を説明するための仮説)に言を費やしている。結局、この辺りは、電磁気学分野の発展の歴史を概観しているような感じを受ける(ただしポアンカレの時代は電磁気学の発展は途上であり、現代の読者から見れば中途半端に読めてしまう)。

議論はかなり学問的に厳密である。第1、2章は四則演算を扱っているにも関わらず厳密な解析学の知識に基づいて説明をしているので、とっつきにくい(ε-δ論法的な説明も登場する)。用語や数式もそれなりにあり、恐らく本書を通じて理科系大学の教養課程レベルの知識がないと読みこなせないと思う。幾何学から入った方がまだとっつきやすそうに思えるが、第1,2章は前記の通り本書の「仮説論」からすると一番純粋な分野なので著者も最初に置いたのではないだろうか。因みに21年末に発行された岩波の新訳(本書)では、末尾に訳者の伊藤邦武氏の解説がある。これだけでも60頁はあるのだが、より簡単なまとまりの良い説明となっており、これを読んでわからないと、本文の読解はかなり厳しいものになると思われる(本文を読む方もこちらを先に読んだ方が良い)。また、本書は書き下ろしではなく、ポアンカレの色々な論文を集めることで成る書物であり、そういう意味でも一貫性があるかと言われると不徹底な部分があって、元々読みにくいものとなっていると思われる。

本書は相対性理論の前夜に書かれた本であり、電磁気学もまだ発展途上だった(「場」の理論などは顔を出さない)。また、最終章は今の知識ではちょっと「???」である(まだエーテルが媒質として認められていた)。しかし、素粒子物理学を始め、仮説の重みは現代では益々重要になってきている。そう言う意味では、科学に深い興味を持つ人が、仮説と言うものを真剣に考えてみる良いきっかけになる本だと思う。
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ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1684 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

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この書評へのコメント

  1. 三太郎2022-04-07 08:35

    労作ですね!僕も入手はしたのですがまだ半ば積ん読状態です。

    数学者は物理学者とは違う風に世界を見ているのだろうな、と漠然と感じました。
    3種類の仮説の仕分けはやっぱり理解が難しいな。

    数学は論理そのものですが、自然科学ではないというのが僕の印象です。物理学は好きだけれど数学は苦手ですね。エーテルの件は不満でした。

    この本は「科学道100冊2021」に含まれているので、是非そちらでも紹介してください。

  2. noel2022-04-07 09:09

    確からしさという意味合いで、わたしが学生時代に「発明」(?)したことばに『途上の真』というのがありますが、その時には真であったものが、未来においてさらに真らしくなっていくものとしての「確からしさ」は、その有用性において発現されるもの、という捉え方でした。これについてはどこかのコメントにも書きましたが、どこでだったかは忘れてしまいました……。

  3. ゆうちゃん2022-04-07 22:27

    三太郎さん、noelさんコメントありがとうございます。
    労作と言われうれしく思います。正直、読むのも書評を書くのもかなり苦労しました。仰る通り物理学者と数学者ではアプローチが違います。数学が自然科学ではないと言うのも同感です(論理学ではないかと)。但し物理学では数学を道具として使いますね。物理学の理論が仮説にすぎず、真実かどうかはまさに神のみぞ知るだと思います。

  4. ゆうちゃん2022-04-07 22:28

    コミュニティにリストアップされた本を読みながら、言われるまで投稿しないのは、もう4冊目くらいになるとサボタージュと言われても仕方ないですが、本書に限ると事情があります。
    (1)自分の阿保さ加減に驚いていますが、板主さんの「表形式リスト」の本書に☆があって、なぜか自分で読みます宣言したと勘違いして図書館から借りて読みました。ほぼ読み終わったところでコミュニティで自分が宣言していないことに気づき驚きました。宣言した人がいるなら、お先にと思いました。
    (2)自分の読んだのは岩波の新訳(伊藤氏訳)です。一方で科学道のサイトを見ると表紙のデザインから選書は、岩波の旧訳(河野氏訳)の様です。

  5. ゆうちゃん2022-04-07 22:29

    旧訳の書影はこちらです。

  6. noel2022-04-07 23:50

    そうなんですよね。訳者が違っていれば、必ずしも同じ訳になっているとは限らないので、わたしが『ホモ・ルーデンス』でやったように「これは○○氏の翻訳における文言で引用しました」のような感じに断らざるを得ませんよね。

  7. 三太郎2022-04-08 08:50

    読みます宣言していたのは僕です!しかしまだ読めていません(^^;しかも僕のも新訳です。

    コミュニティに先に登録してください。僕も期限に間に合えば書評を挙げますので。

  8. No Image

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