ぽんきちさん
レビュアー:
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「分かつ」(クライ)を内包する国
2月末に始まった、ロシアによるウクライナ侵攻は、多くの市民を巻き込みつつ、いまだその行方は予断を許さない。人道的観点からも早期の収束に向かうことを願う。
かの地の歴史的背景を知りたく手に取った1冊。
エリア・スタディーズ169とあるが、こちらは世界各国・各地の概要をわかりやすく解説した入門書のシリーズ。「~を知るための○○章」という体裁が共通である。現在、シリーズ186冊目の「モルディブを知るための35章」までが出ている。
1章ずつは数ページで短く、編著者を中心に、複数の専門家がそれぞれのテーマで執筆をする。最近のニュース解説で時々見かける諸氏の名前もある。
本書発刊自体は2018年で、現ゼレンスキー大統領が就任するよりも前である。編著者のあとがきによれば、企画は2011年に立ち上がっていたが、マイナー領域であるためになかなか刊行に至らず、2014年のクリミア危機で状況が一変したためにさらに難航、2017年に体制を立て直し、できていた原稿はなるべく生かす形で上梓に漕ぎつけたという。そのため、クリミアに関する記述も多いが、騒乱後に一から立ち上げたのであれば、章立ては変わっていたかもしれないという。だが、この地の複雑さを感じさせるという意味では逆によかったのではないかと一読者としては思う。
大きく四部に分けられ、「ウクライナのシンボルと風景」「ウクライナの民族・言語・宗教」「ウクライナの歴史」「ウクライナの芸術と文化」「現代ウクライナの諸問題」、それぞれが10~20のトピックを扱うという形である。
通読してもよいし、興味のある部分を拾い読みしてもよいという作り。
穀倉地帯を抱え、炭田も持ち、交通の要衝を擁しつつも(いや、だからこそ、なのかもしれないが)、各国に蹂躙され、長らく独立を果たすことが出来なかった地である。
「ウクライナ」の語源は定かではないようだが、この語の中の「クライ」は印欧祖語由来の「分かつ」を意味する語根であるという。これはひいては「境界」や「領域」を意味する。「分かたれた土地」≒「辺境」を意味する語が国自体を示すようになったというのはなかなか象徴的であるようにも思える。
国土面積は日本の約1.6倍、4千数百万の人口はヨーロッパで7番目の多さという。
民族構成はウクライナ人が78%、ロシア人17%、その他の5%にベラルーシ人、モルドヴァ人、クリミア・タタール人、ブルガリア人、ハンガリー人などが含まれる。言語的にはスラヴ諸語、ゲルマン諸語、ロマンス諸語、テュルク諸語などを含む。
ロシアとの結びつきは古くから強く、文化的には共通の地盤を持つ部分も多い。ロシアの文豪ゴーゴリはウクライナ生まれであり、ロシア料理の代表のように思われているボルシチはもともとウクライナ料理である。
ロシア語とウクライナ語は言語的には近縁だが異なる言語である。首都「キエフ」はロシア語読みで、ウクライナ語では「キーウ」となる(*今回のロシア侵攻を受けて、日本政府も「キーウ」表記に変更)。一般に東部・南部でロシア語ネイティブが多く、西部ではウクライナ語優勢となる。
ロシアの他、ポーランド人・ユダヤ人との関わりも深い。
ゼレンスキー大統領は、ロシア語ネイティブのユダヤ系ウクライナ人である。就任後にウクライナ語の特訓を受け、現在では演説等はウクライナ語で行うと聞いたが、それだけでも複雑さを感じさせるエピソードである。
西部のある街にはこんな小話があるという。
「自由な戦士」を指す「コサック」は、国歌に歌われ、紙幣にその指導者の肖像が描かれるなど、ウクライナの一種の象徴となっている。
古くはタタール軍を撃退し、ヨーロッパ諸国で傭兵としても働いた。17世紀には、コサックを中心とする国家の建設も成し遂げたが、18世紀末、ロシア帝国による完全併合でその歴史は一度途切れる。
その後は、ある種、民族統合の精神的な拠り所のような存在となっているようだ。
キエフ独立広場の像(「ベレヒーニャ(竈の女神)」)や日本文化の受容、伝統工芸など、興味深い話題も数多い。
複雑な歴史を背負う地は、豊かな文化も内包する。
まずは何より戦闘が止み、現地に平和が戻ることを祈る。
かの地の歴史的背景を知りたく手に取った1冊。
エリア・スタディーズ169とあるが、こちらは世界各国・各地の概要をわかりやすく解説した入門書のシリーズ。「~を知るための○○章」という体裁が共通である。現在、シリーズ186冊目の「モルディブを知るための35章」までが出ている。
1章ずつは数ページで短く、編著者を中心に、複数の専門家がそれぞれのテーマで執筆をする。最近のニュース解説で時々見かける諸氏の名前もある。
本書発刊自体は2018年で、現ゼレンスキー大統領が就任するよりも前である。編著者のあとがきによれば、企画は2011年に立ち上がっていたが、マイナー領域であるためになかなか刊行に至らず、2014年のクリミア危機で状況が一変したためにさらに難航、2017年に体制を立て直し、できていた原稿はなるべく生かす形で上梓に漕ぎつけたという。そのため、クリミアに関する記述も多いが、騒乱後に一から立ち上げたのであれば、章立ては変わっていたかもしれないという。だが、この地の複雑さを感じさせるという意味では逆によかったのではないかと一読者としては思う。
大きく四部に分けられ、「ウクライナのシンボルと風景」「ウクライナの民族・言語・宗教」「ウクライナの歴史」「ウクライナの芸術と文化」「現代ウクライナの諸問題」、それぞれが10~20のトピックを扱うという形である。
通読してもよいし、興味のある部分を拾い読みしてもよいという作り。
穀倉地帯を抱え、炭田も持ち、交通の要衝を擁しつつも(いや、だからこそ、なのかもしれないが)、各国に蹂躙され、長らく独立を果たすことが出来なかった地である。
「ウクライナ」の語源は定かではないようだが、この語の中の「クライ」は印欧祖語由来の「分かつ」を意味する語根であるという。これはひいては「境界」や「領域」を意味する。「分かたれた土地」≒「辺境」を意味する語が国自体を示すようになったというのはなかなか象徴的であるようにも思える。
国土面積は日本の約1.6倍、4千数百万の人口はヨーロッパで7番目の多さという。
民族構成はウクライナ人が78%、ロシア人17%、その他の5%にベラルーシ人、モルドヴァ人、クリミア・タタール人、ブルガリア人、ハンガリー人などが含まれる。言語的にはスラヴ諸語、ゲルマン諸語、ロマンス諸語、テュルク諸語などを含む。
ロシアとの結びつきは古くから強く、文化的には共通の地盤を持つ部分も多い。ロシアの文豪ゴーゴリはウクライナ生まれであり、ロシア料理の代表のように思われているボルシチはもともとウクライナ料理である。
ロシア語とウクライナ語は言語的には近縁だが異なる言語である。首都「キエフ」はロシア語読みで、ウクライナ語では「キーウ」となる(*今回のロシア侵攻を受けて、日本政府も「キーウ」表記に変更)。一般に東部・南部でロシア語ネイティブが多く、西部ではウクライナ語優勢となる。
ロシアの他、ポーランド人・ユダヤ人との関わりも深い。
ゼレンスキー大統領は、ロシア語ネイティブのユダヤ系ウクライナ人である。就任後にウクライナ語の特訓を受け、現在では演説等はウクライナ語で行うと聞いたが、それだけでも複雑さを感じさせるエピソードである。
西部のある街にはこんな小話があるという。
「私はオーストリア=ハンガリー帝国で生まれ、チェコスロヴァキアの学校に通い、ハンガリーで結婚し、ソ連で働き、ウクライナで余生を送っている。しかし私は一度も自分の村から出たことはない」
「自由な戦士」を指す「コサック」は、国歌に歌われ、紙幣にその指導者の肖像が描かれるなど、ウクライナの一種の象徴となっている。
古くはタタール軍を撃退し、ヨーロッパ諸国で傭兵としても働いた。17世紀には、コサックを中心とする国家の建設も成し遂げたが、18世紀末、ロシア帝国による完全併合でその歴史は一度途切れる。
その後は、ある種、民族統合の精神的な拠り所のような存在となっているようだ。
キエフ独立広場の像(「ベレヒーニャ(竈の女神)」)や日本文化の受容、伝統工芸など、興味深い話題も数多い。
複雑な歴史を背負う地は、豊かな文化も内包する。
まずは何より戦闘が止み、現地に平和が戻ることを祈る。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:明石書店
- ページ数:0
- ISBN:9784750347325
- 発売日:2018年11月02日
- 価格:2200円
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