rodolfo1さん
レビュアー:
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「私は子供を持たない」と決めた著者は、母親になって後悔している既に祖母である女性を含めた23人の女性の調査を行い、伝統的価値観や社会通念にさいなまれている彼女達の実情をレポートする。
オルナ・ドーナト作「母親になって後悔してる」を読みました。
【はじめに】2007年、親になる願望を持たないユダヤ系イスラエル人の男女について著者は調査を始めました。「きっとあなたは子どもがいないことを後悔する」という言葉が著者の胸に刻まれました。親になるのを嫌がるほとんど全員、とりわけ女性には何度も投げかけられる言葉でした。この言葉は、白か黒かの二項対立を示唆するものでした。後悔という言葉を母になりたくない女性を脅すのに使われたのでした。
実はイスラエルは女性が平均3人の子供を産む多産国でした。イスラエルでは母になった後悔についてほとんど論じられていませんでした。この問題を取り上げたネットのトピックは物凄い非難に晒され。。。母になったことを後悔する事は深いタブーでした。後悔は、母が常に他者への奉仕を目的とする客体であるという概念に反論する一助となり、後悔は母を主体として認識し、母が自分自身の所有者であって、すべてについて価値があるかないかを評価する能力を持つとみなすのに役立つのでした。著者は後悔の念を持続させている母達を選んで調査しました。。。
【1章 母になる道筋】この章は女性が母になる事に対する西洋社会の出産前の社会的期待について語りました。期待とは2つの言葉で語られます。1つは自然の摂理で女性は出産する、1つは現代の女性は多くの人生の選択肢を持っており、これほど多くの女性が母になっているなら、それは自由意志に従った証拠だとするものでした。
人類の黎明期から、女性は自身の中に母を内包しているとされてきました。しかし実際は女性を母へと導く多様な道筋があり、必ずしもその多様さが明示されてはいませんでした。母になる道筋は、自然の摂理だとして強制されるものと、自由な選択によって母親になるものとに分かれ、後者の母は、自分で選んだ道だから納得しろと言われるのでした。しかし母になればさまざまなメリットを享受できます。反面、母にならなかった者には欠陥や損傷があると決めつけられるのでした。
ある研究者は、女性は母にならない選択肢を必ずしも持っていないと指摘します。抑圧された民族や階級ではしばしば子供を持たない選択肢がありません。研究に応じた女性達がそれについて証言しました。母達はしばしば全く無自覚のまま母親になったのでした。無頓着、無計画のまま母になった女性はしばしば自己の喪失が見られました。しかしある女性達は、自身を新しい世界の中で再生する為に子供を産んだのでした。しかししばしばその再生は起こらず。。。
【2章】要求の多い母親業】母性を統治する厳格な社会的ルールについて語る章です。母がどうあるべきかを決定するルールです。すべての人類は母から産まれますが、すべての女性が生まれつきの母親ではありません。しかし19世紀に性別による親の労働の分担が決められ、男性は外で働き、女性は家庭を支える図式が推奨されました。しかし女性には母親になり、更に子供の養育や保護、子育てといった様々な賦役が課されました。母には単一の厳しい規範が求められており、母は気高い存在として偶像化されました。
更に女性には職業を持ち、セクシーである事まで求められ始めました。良き母になりたければ、疑問も条件も無しに、子供を愛し、母である事に喜びを感じなければならないとされました。研究に応じた女性達はその強制について証言し。。。基準に従って子育てをしない場合、しばしば悪い母のレッテルが貼られるのでした。そうした母親達は相反する感情を強めます。愛するべき子供を憎むという感情を、そしてそうした感情は、産後うつ病もしくは生理的な倦怠感によるものだと片づけられ、結局は悪い母だと言われるのでした。。。
【3章 母になった後悔】後悔という一般的に物議を醸し、母にとっては道徳的に許されない感情である物について述べます。女性は母になった後悔を口にする事が出来ません。母は後悔とは無縁とされているからでした。後悔は過去と現在、実在と記憶の間をつなぐ心の状態です。社会では裁判などさまざまな場で後悔は利用され、必要なものでした。しかし母になった事を後悔する事は認められませんでした。後悔は、中絶もしくは母になりたくない女性を母に追いやる脅しとしてのみ使われたのでした。
しかし研究に応じた女性達は全員がそれに対して否定的でした。しかし参加者達は母になった事を後悔しているものの、子供については後悔していないとも言い。。。また参加者達は母になったメリットを感じながらも、なお母である事を悔いており。。。
【4章 許されない感情を持って生きる】子供を持つ事で女性が欠如した状態から完全な状態へと変容するという社会的な保証について語る章です。母になる事が女性の心身の健康を脅かす事があります。病気、うつ病、肉体的損傷、社会的地位の喪失等です。しかし世間は、母は母である事に順応し、受け入れるものとみなされていました。研究に応じた女性達は出産をトラウマととらえますが、世間は出産はトラウマにはならないという通説を持っていました。母になった事を後悔する事は、子供を否定する行為だとみなされ、時に虐待すら疑われました。
しかしこうした社会通念からの圧迫に悩むあまりに時に母は自分あるいは子供を消し去りたい欲求に駆られ。。。ある母は子供を置いて実際に去り、世間の非難に晒されました。何人かの母親は、自分の後悔に鑑みてこれ以上の子供を作ることを拒否し。。。
【5章 でも子どもたちはどうなる?】この章では公の場で母である後悔を話す事にまつわる緊張関係について述べられます。研究に応じた女性達は母になった事への後悔を誰にも話せませんでした。周囲の誰も理解しないだけでなく、理解したがらなかったのでした。もちろん自分の子供には絶対に言えませんでした。子供を傷つける事になるのでした。母になった後悔を人に話さないのは悪い母というレッテルから自分を守る為でもありました。研究に応じた女性達は子供を教育する際に、母になった後悔をどう伝えるか悩みます。。。
【6章 主体としての母】この章では、母になる選択を却下しない時に、母になった後悔が示唆する2つの意味合いについて扱います。昨今女性の社会参加の増加に伴い、キャリアウーマンとスーパーマザーの両立に悩む女性が増えています。さらに貧困層の女性はそもそも母である事を諦める事を余儀なくされ。。。しかし研究に応じた女性達は、母である事を後悔するのは貧困のせいである、あるいは余裕があれば母である事を楽しめるという考えを否定しました。。。
【エピローグ】著者は言います。非母への道はいまだに閉ざされたままなのだと。。。
小説というカテゴリーに入れましたが、これは小説ではなく論文であります。「私は子供を持たない」と決めたイスラエル人社会学者が、母親になって後悔している23人の女性に長時間インタビューし、伝統的価値観や社会通念と照らし合わせて検証した彼女達の肉声を伝えた作品です。23人の中には数人の祖母が含まれており、母親である責務を既に終了しながらも、なお母性に悩む祖母達の苦悩を通してこの問題の深刻さが偲ばれました。
作者はこの研究をネット上のフォーラムで公開し、しばしば轟々たる非難を浴びます。それを乗り越えて上梓された本書は、従来持たれていた母親についての概念を覆すものです。既に毒母について描かれた数々の著作に表された、主にその子供達からの視線に大きな一石を投じるものとなったと思いました。
【はじめに】2007年、親になる願望を持たないユダヤ系イスラエル人の男女について著者は調査を始めました。「きっとあなたは子どもがいないことを後悔する」という言葉が著者の胸に刻まれました。親になるのを嫌がるほとんど全員、とりわけ女性には何度も投げかけられる言葉でした。この言葉は、白か黒かの二項対立を示唆するものでした。後悔という言葉を母になりたくない女性を脅すのに使われたのでした。
実はイスラエルは女性が平均3人の子供を産む多産国でした。イスラエルでは母になった後悔についてほとんど論じられていませんでした。この問題を取り上げたネットのトピックは物凄い非難に晒され。。。母になったことを後悔する事は深いタブーでした。後悔は、母が常に他者への奉仕を目的とする客体であるという概念に反論する一助となり、後悔は母を主体として認識し、母が自分自身の所有者であって、すべてについて価値があるかないかを評価する能力を持つとみなすのに役立つのでした。著者は後悔の念を持続させている母達を選んで調査しました。。。
【1章 母になる道筋】この章は女性が母になる事に対する西洋社会の出産前の社会的期待について語りました。期待とは2つの言葉で語られます。1つは自然の摂理で女性は出産する、1つは現代の女性は多くの人生の選択肢を持っており、これほど多くの女性が母になっているなら、それは自由意志に従った証拠だとするものでした。
人類の黎明期から、女性は自身の中に母を内包しているとされてきました。しかし実際は女性を母へと導く多様な道筋があり、必ずしもその多様さが明示されてはいませんでした。母になる道筋は、自然の摂理だとして強制されるものと、自由な選択によって母親になるものとに分かれ、後者の母は、自分で選んだ道だから納得しろと言われるのでした。しかし母になればさまざまなメリットを享受できます。反面、母にならなかった者には欠陥や損傷があると決めつけられるのでした。
ある研究者は、女性は母にならない選択肢を必ずしも持っていないと指摘します。抑圧された民族や階級ではしばしば子供を持たない選択肢がありません。研究に応じた女性達がそれについて証言しました。母達はしばしば全く無自覚のまま母親になったのでした。無頓着、無計画のまま母になった女性はしばしば自己の喪失が見られました。しかしある女性達は、自身を新しい世界の中で再生する為に子供を産んだのでした。しかししばしばその再生は起こらず。。。
【2章】要求の多い母親業】母性を統治する厳格な社会的ルールについて語る章です。母がどうあるべきかを決定するルールです。すべての人類は母から産まれますが、すべての女性が生まれつきの母親ではありません。しかし19世紀に性別による親の労働の分担が決められ、男性は外で働き、女性は家庭を支える図式が推奨されました。しかし女性には母親になり、更に子供の養育や保護、子育てといった様々な賦役が課されました。母には単一の厳しい規範が求められており、母は気高い存在として偶像化されました。
更に女性には職業を持ち、セクシーである事まで求められ始めました。良き母になりたければ、疑問も条件も無しに、子供を愛し、母である事に喜びを感じなければならないとされました。研究に応じた女性達はその強制について証言し。。。基準に従って子育てをしない場合、しばしば悪い母のレッテルが貼られるのでした。そうした母親達は相反する感情を強めます。愛するべき子供を憎むという感情を、そしてそうした感情は、産後うつ病もしくは生理的な倦怠感によるものだと片づけられ、結局は悪い母だと言われるのでした。。。
【3章 母になった後悔】後悔という一般的に物議を醸し、母にとっては道徳的に許されない感情である物について述べます。女性は母になった後悔を口にする事が出来ません。母は後悔とは無縁とされているからでした。後悔は過去と現在、実在と記憶の間をつなぐ心の状態です。社会では裁判などさまざまな場で後悔は利用され、必要なものでした。しかし母になった事を後悔する事は認められませんでした。後悔は、中絶もしくは母になりたくない女性を母に追いやる脅しとしてのみ使われたのでした。
しかし研究に応じた女性達は全員がそれに対して否定的でした。しかし参加者達は母になった事を後悔しているものの、子供については後悔していないとも言い。。。また参加者達は母になったメリットを感じながらも、なお母である事を悔いており。。。
【4章 許されない感情を持って生きる】子供を持つ事で女性が欠如した状態から完全な状態へと変容するという社会的な保証について語る章です。母になる事が女性の心身の健康を脅かす事があります。病気、うつ病、肉体的損傷、社会的地位の喪失等です。しかし世間は、母は母である事に順応し、受け入れるものとみなされていました。研究に応じた女性達は出産をトラウマととらえますが、世間は出産はトラウマにはならないという通説を持っていました。母になった事を後悔する事は、子供を否定する行為だとみなされ、時に虐待すら疑われました。
しかしこうした社会通念からの圧迫に悩むあまりに時に母は自分あるいは子供を消し去りたい欲求に駆られ。。。ある母は子供を置いて実際に去り、世間の非難に晒されました。何人かの母親は、自分の後悔に鑑みてこれ以上の子供を作ることを拒否し。。。
【5章 でも子どもたちはどうなる?】この章では公の場で母である後悔を話す事にまつわる緊張関係について述べられます。研究に応じた女性達は母になった事への後悔を誰にも話せませんでした。周囲の誰も理解しないだけでなく、理解したがらなかったのでした。もちろん自分の子供には絶対に言えませんでした。子供を傷つける事になるのでした。母になった後悔を人に話さないのは悪い母というレッテルから自分を守る為でもありました。研究に応じた女性達は子供を教育する際に、母になった後悔をどう伝えるか悩みます。。。
【6章 主体としての母】この章では、母になる選択を却下しない時に、母になった後悔が示唆する2つの意味合いについて扱います。昨今女性の社会参加の増加に伴い、キャリアウーマンとスーパーマザーの両立に悩む女性が増えています。さらに貧困層の女性はそもそも母である事を諦める事を余儀なくされ。。。しかし研究に応じた女性達は、母である事を後悔するのは貧困のせいである、あるいは余裕があれば母である事を楽しめるという考えを否定しました。。。
【エピローグ】著者は言います。非母への道はいまだに閉ざされたままなのだと。。。
小説というカテゴリーに入れましたが、これは小説ではなく論文であります。「私は子供を持たない」と決めたイスラエル人社会学者が、母親になって後悔している23人の女性に長時間インタビューし、伝統的価値観や社会通念と照らし合わせて検証した彼女達の肉声を伝えた作品です。23人の中には数人の祖母が含まれており、母親である責務を既に終了しながらも、なお母性に悩む祖母達の苦悩を通してこの問題の深刻さが偲ばれました。
作者はこの研究をネット上のフォーラムで公開し、しばしば轟々たる非難を浴びます。それを乗り越えて上梓された本書は、従来持たれていた母親についての概念を覆すものです。既に毒母について描かれた数々の著作に表された、主にその子供達からの視線に大きな一石を投じるものとなったと思いました。
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こんにちは。ブクレコ難民です。今後はこちらでよろしくお願いいたします。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:0
- ISBN:9784105072711
- 発売日:2022年03月24日
- 価格:2200円
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