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たけぞう
レビュアー:
小説の原型って、こういう作品なのかもしれない。
セックス、アルコール中毒、暴力。
貧困、無知、刹那的。
この小説を読んでいると、湧き上がってくる負の言葉たちです。

底本は、掃除婦のための手引書です。
同名の本が先に翻訳されていますが、それは抜粋版で、
この一冊と合わせて完全版となります。

それにしても、すごい作品に当たりました。
物語性は高くなく、掌編が多くて描写がもっと欲しいという気持ちになり、
えっ、これで終わりなのと思う完成度の短篇が目につきます。
それらの要素をすべてひっくり返す圧倒的なエネルギーが、
この作品の奥底に流れていることが、文章の端々から伝わってくるのです。
むしろ未完成だからこそ、迫力が増しているのかもとさえ思ってしまいます。

それでも、生きていく。

ふと、頭に浮かんだ言葉です。
ひょっとしたら、そういうことかもしれないと満足しそうになり、
単純な一文で分かった気になろうとする自分のこころに気づいて逡巡します。
マズローの欲求五段階説に照らすと、この作品はレベル1か2を
揺さぶるのかもしれません。
基本的人権、言いかえれば人間の尊厳を意識してしまうのです。

自身の体験に根ざした小説を書く人とのことです。
没後に評価された経緯も合わせ、日本の私小説の書き手と
重なるところがあり納得します。

気に入った作品がいくつかあります。
しかし、迷った末に以下の部分を引用します。
とても大事な文章の気がするのです。

「視点」より
もしもチェーホフの「ふさぎ虫」が一人称で書かれていたとしたら、どうだろう。老人が読者に向かって、ついさいきん息子が死んだと語りだす。読み手はとまどい、辟易し、退屈もするだろう。(略)
たぶん、わたしたちはみんな心がとても弱いのだ。
もしもわたしがこれから始めようとしている女の話をこんなふうに書いたらどうだろう ─── <わたしは五十を過ぎた独り身の女だ。医院で事務の仕事をしている。職場へはバスで通っている。毎週土曜日になると洗濯をし、ラッキーの店で買い物をし、『クロニクル』の日曜版を買って家に帰る>。もうけっこう、と読者は言うだろう。
かわりにわたしはこんなふうに物語を始める ─── <土曜日、コインランドリーと食料品店に寄ったあと、彼女はきまって『クロニクル』の日曜版を買う>。これだと読み手はこの女・ヘンリエッタのくだくだしい日常の瑣末事の羅列に耳を傾ける気になる。三人称の語りのなせるわざだ。こう思うのだ ─── ふむ、この退屈な人物に何か語るに値するものがあると語り手が思っているのなら、きっとそうなんだろう。何が起こるか先を読んでみよう。
実際にはたいして何が起こるわけでもない。

引用した最後の一文にしびれました。
物語の奥にある、圧倒的な何かについての秘密を教えてもらった気がします。
天性の語り部なのでしょう。
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たけぞう
たけぞう さん本が好き!免許皆伝(書評数:1467 件)

ふとしたことで始めた書評書き。読んだ感覚が違うことを知るのは、とても大事だと思うようになりました。本が好き! の場と、参加している皆さんのおかげです。
星の数は自分のお気に入り度で、趣味や主観に基づいています。たとえ自分の趣味に合わなくても、作品の特徴を書評で分かるようにしようと務めています。星が低くても作品がつまらないという意味ではありません。

自己紹介ページの二番目のアドレスは「飲んでみた」の書評です。
三番目のアドレスは「お絵描き書評の部屋」で、皆さんの「描いてみた」が読めます。
四番目のアドレスは「作ってみた」の書評です。
よかったらのぞいてみて下さい。

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