ゆうちゃんさん
レビュアー:
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熱力学の第二法則を中心とした物理法則と進化や意識、宗教、芸術などを論じた異色の取り合わせの内容となっている。これは著者の人間観に大きくかかわるが、一読してみて違和感のない優れた科学解説書になっている。
朝日新聞の書評で知った本。
物理法則や宇宙の始まりと終わり、心と意識やその精華と言える宗教や芸術まで論じた異色の本である。そんな本を書く著者にまず興味を持つが、著者は超弦理論を宇宙に応用した宇宙素粒子物理学の第一人者とのこと。この本の中で大きな役割を果たすのは熱力学の第二法則(エントロピーの法則)と進化である。熱力学の第二法則は一般には乱雑さ、無秩序化を司る法則とされているが、本書ではそうなる傾向(確率の増大)を言っているに過ぎないとされている。一方で進化は生命発生から意識が宿るまで、秩序化を体現する言葉であり、本書で両者のバランスを常に見ている。
全体はだいたい四つに分けられる。
第1、2章はエントロピーについての説明を中心とする。
第3~4章はビッグバンから生命の発生まで、今わかっている歴史をたどっている。
第5~8章は意識をめぐるあれこれ。意識とは何かと論じた最新の学説を幾つか紹介し、自由意志と決定論の対立、言語や人間が物語をしたがる性質、信念と宗教、そして想像力と芸術などを論じている。
第9~10章は、宇宙の未来について。未来について最もありそうな説(宇宙が加速膨張しているということを前提にする説)を、時間スケールをエンパイアステートビルの各階にとって説明している(但し、各階は対数、つまり前の階の10倍をスケールにしている。1階が1年を表し、2階は次の10年を、3階は次の100年を示す)。第10章では、そのような未来において、生命や意識の有り様を論じている。その他、わずかに触れる程度だが、サイクリック宇宙論など著者が重きを置いていない宇宙論も紹介している。
第11章はまとめに相当する。第10章で描かれる未来のうち、著者がもっともありそうと考える宇宙の未来は遥か先とは言え、生命に心地よいものではない。そんな中で日々生きる意味を説いている。
「時間は存在しない」という本では、熱力学の第二法則は唯一時間が過去から未来に向かうと言う性向を示した物理法則だとされている。だが本書においては必ずしもそうではない。熱力学の第二法則の主張は、無秩序から秩序に向かう確率が非常に低いと言っているに過ぎない(なので、非常に稀だが、紅茶に溶かした角砂糖が元の角砂糖に戻る可能性もあると言っている。これは時間を巻き戻したように見える)。一見、奇怪に見えるこの主張だが、確かにボルツマンが発見したこの法則は乱雑な状態が取り得る状態の方が、秩序ある状態よりも圧倒的に多いと言っているに過ぎない。この話が活きるのは第10章である。
この他に、エントロピック・ツーステップの概念が重要である。そうは言っても、宇宙は開闢以来、熱力学の第二法則の通りにエントロピーが増大していった。しかし、なぜ恒星や惑星、それに生命などのような秩序ある形態が生み出されたのだろうか。これはエントロピーの総体で説明される(一部でエントロピーが減少しても、全体としてそれを打ち消すほどエントロピーが増大していればよいと言う議論である)。
本書における著者のエントロピーへの追究は、生命や進化、それに意識と相反するところにあると思う。著者はエントロピーの減少も事象としては認めているが、基本的に自然はエントロピーを増大させる傾向にあり、その中では無情な物理法則以外は通用しないと言っている。ではあるが、そんな自然が何故か意識のある、死を認識できる人間を生み出した。
そうした自分を無価値だと認識させるのは物理法則ではあるが、そういう物理法則を見出したのは人間である。著者が、興味深いが、取りとめもない話題を並べたのはそういう理由だと思われる。このことは「はじめに」にもよく現れている。
取り合わせは妙に見えるが、著者が自分の姿勢を懇切丁寧に説明しているので違和感はない。宇宙の一生どうなっているのか、なぜ生命は発生したのか、意識とは何か、は答えの難しい質問だが、それらを見事に一冊の本にまとめて論じている。
物理法則や宇宙の始まりと終わり、心と意識やその精華と言える宗教や芸術まで論じた異色の本である。そんな本を書く著者にまず興味を持つが、著者は超弦理論を宇宙に応用した宇宙素粒子物理学の第一人者とのこと。この本の中で大きな役割を果たすのは熱力学の第二法則(エントロピーの法則)と進化である。熱力学の第二法則は一般には乱雑さ、無秩序化を司る法則とされているが、本書ではそうなる傾向(確率の増大)を言っているに過ぎないとされている。一方で進化は生命発生から意識が宿るまで、秩序化を体現する言葉であり、本書で両者のバランスを常に見ている。
全体はだいたい四つに分けられる。
第1、2章はエントロピーについての説明を中心とする。
第3~4章はビッグバンから生命の発生まで、今わかっている歴史をたどっている。
第5~8章は意識をめぐるあれこれ。意識とは何かと論じた最新の学説を幾つか紹介し、自由意志と決定論の対立、言語や人間が物語をしたがる性質、信念と宗教、そして想像力と芸術などを論じている。
第9~10章は、宇宙の未来について。未来について最もありそうな説(宇宙が加速膨張しているということを前提にする説)を、時間スケールをエンパイアステートビルの各階にとって説明している(但し、各階は対数、つまり前の階の10倍をスケールにしている。1階が1年を表し、2階は次の10年を、3階は次の100年を示す)。第10章では、そのような未来において、生命や意識の有り様を論じている。その他、わずかに触れる程度だが、サイクリック宇宙論など著者が重きを置いていない宇宙論も紹介している。
第11章はまとめに相当する。第10章で描かれる未来のうち、著者がもっともありそうと考える宇宙の未来は遥か先とは言え、生命に心地よいものではない。そんな中で日々生きる意味を説いている。
「時間は存在しない」という本では、熱力学の第二法則は唯一時間が過去から未来に向かうと言う性向を示した物理法則だとされている。だが本書においては必ずしもそうではない。熱力学の第二法則の主張は、無秩序から秩序に向かう確率が非常に低いと言っているに過ぎない(なので、非常に稀だが、紅茶に溶かした角砂糖が元の角砂糖に戻る可能性もあると言っている。これは時間を巻き戻したように見える)。一見、奇怪に見えるこの主張だが、確かにボルツマンが発見したこの法則は乱雑な状態が取り得る状態の方が、秩序ある状態よりも圧倒的に多いと言っているに過ぎない。この話が活きるのは第10章である。
この他に、エントロピック・ツーステップの概念が重要である。そうは言っても、宇宙は開闢以来、熱力学の第二法則の通りにエントロピーが増大していった。しかし、なぜ恒星や惑星、それに生命などのような秩序ある形態が生み出されたのだろうか。これはエントロピーの総体で説明される(一部でエントロピーが減少しても、全体としてそれを打ち消すほどエントロピーが増大していればよいと言う議論である)。
本書における著者のエントロピーへの追究は、生命や進化、それに意識と相反するところにあると思う。著者はエントロピーの減少も事象としては認めているが、基本的に自然はエントロピーを増大させる傾向にあり、その中では無情な物理法則以外は通用しないと言っている。ではあるが、そんな自然が何故か意識のある、死を認識できる人間を生み出した。
「価値と意味は、実在の最も基本的なレベルには決定的に欠落しているものだが、人間がどうなろうとお構いなしの自然の上方に自分を引き上げたいという、我々を絶えず駆り立てる情熱の本質を成すものである(507頁)」。
(価値や意味など人間が問題にするものは自然法則や自然の基本的な構成には存在しないように見えるが、そうものから構成される人間はそうではない・・評者による解釈)
そうした自分を無価値だと認識させるのは物理法則ではあるが、そういう物理法則を見出したのは人間である。著者が、興味深いが、取りとめもない話題を並べたのはそういう理由だと思われる。このことは「はじめに」にもよく現れている。
「人間は死を自覚する唯一の生物である。シュペングラーは「西洋の没落」で大きく異なる様々な文化を縦断して存在する「隠れたパターン」を明らかにした。科学や宗教は人生がいずれ終わると知ってしまったことへのひとつの反応だろう。科学は史上初めて、宇宙の終わりの顕著な特徴を、遠くからではあるけれども、望ませてくれた。本書では、時間の始まりから、終末へと言えそうな何かに至るまで、宇宙を詳しく見て行こうという訳だ」(評者による要約)。
取り合わせは妙に見えるが、著者が自分の姿勢を懇切丁寧に説明しているので違和感はない。宇宙の一生どうなっているのか、なぜ生命は発生したのか、意識とは何か、は答えの難しい質問だが、それらを見事に一冊の本にまとめて論じている。
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神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。
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- 出版社:講談社
- ページ数:0
- ISBN:9784065261064
- 発売日:2021年12月03日
- 価格:2860円
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