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Wings to fly
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作品世界が切実に伝えるのは、人間が今まさに直面している危機だ。
本屋大賞受賞作『鹿の王』は、主義主張の異なる民族の「共生のあり方」を考えさせる作品だった。上橋ファンタジーには、社会問題を身近に引き寄せる力があり、この『香君』が提示するのは「環境と食糧」である。

本書の舞台、ウマール帝国の人々は「オアレ稲」を主食としている。丈夫なオアレ稲は、遥か昔に飢餓の危機を救ったと伝えられている。その奇跡の稲を「神郷」よりもたらした女性が、初代の「香君」である。香りにより万象を知るとされる香君は、農の女神としての役割を担い、神秘のベールに包まれて代々を重ねてきた。

帝国の属国・西カンタル藩王国を訪れた視察官マシュウは、かつての藩王の孫娘アイシャの特殊能力に気づき、処刑されようとしていた彼女の命を救う。植物が発する香りを並外れた嗅覚で感じ取り、植物と虫や微生物の間に交わされるコミュニケーションを理解するアイシャ。マシュウは、その力を欲したのである。

帝国はオアレ稲の種籾を作る方法を秘密にして、属国支配の道具としてきた。オアレ稲は作りやすい反面、土壌を変化させ他の穀類の育たない土地に変えてしまう。万が一オアレ稲が収穫できなくなった時にはどうなるのか。古い文書にこんな記述があることを、マシュウは知っていた。

「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」

食糧危機は隣国に付け入る隙を与える、まさに国家の危機である。マシュウが秘密裏に仲間を集め、他の穀類も育つような土壌改良に取り組んでいた折、害虫を寄せ付けないはずのオアレ稲に、見慣れない虫がついているのが見つかる。

オアレ稲の生態の謎を解くために、アイシャはマシュウや当代の香君らと行動を開始する。その前に立ちふさがるのは、支配の道具を失いたくない為政者と、奇跡の稲に依存しようとする民衆の頑迷さ、全ての緑に襲い来る虫の群だ。飢餓の危機は防げるのか。そして「香君」という存在の秘密とは。

植物が化学物質を使って、周囲と様々なやり取りをしていることを知った時の驚きとワクワクから、本書は生まれたのだという。
「他の人が感じることのない香りのやり取りを知ることが出来る少女がいたら、彼女の世界はとても豊かで、しかし、とても孤独だろう。」と、上橋さんは語っている。

アイシャの世界から切実に伝わってくるのは、今まさに人間が直面している危機である。食糧問題につながる生態系の破壊。人間は自然の中に生かされている存在に過ぎないということ。

初代香君の故郷に関わる謎を残したところに、ファンタジーとしての余韻を感じる。そう、知らないことが多すぎる人間は、もっと謙虚になるべきなのだ。

*上下巻読了後の感想です。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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