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ときのき
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名作の語り直しが、歴史にあらたな視角を与える
 19世紀、清朝末期の香港。軍を退役した医師の華笙は、住まいを探すうち同居人を求めていた福邇という男と出会う。彼は“諮問探偵”を名乗り、香港警察からたびたび事件の相談を持ち込まれていた。華笙は福邇の捜査活動を手伝い、さまざまな難事件に巻き込まれていくことになる。

 香港の作家によるシャーロック・ホームズ物のパスティーシュだ。原典の設定や展開を踏まえながら、同時代の香港に移植した探偵譚を語る。
 繁栄の大英帝国で紳士階級に属する人物だったホームズが、英国の植民地に暮らす中国人として転生したら、彼の見る風景はどう変わるだろう。
 物語の複雑な歴史的、地理的、言語的、文化的背景を、「シャーロック・ホームズ」というおなじみの強固な枠組みを用いることで読者に負担なく読ませることに成功している。これは日本の読者にとっては、細心でよみやすい訳文の力も大きいのだろう。(本書は第九回日本翻訳大賞を受賞した)

 著者は、「正典シャーロック・ホームズの登場人物、場面、構想を香港へ地理的に移動させることによって、十九世紀末の東アジアの歴史を描くとともに、東西の文化の衝突と融合を論じて過去の歴史から学び、現在の教訓とすること」を本書執筆の目的のひとつと語る。

 そのため本書は、現代の香港に生きる作家が、中国語圏の読者大衆に向けてどのような歴史理解を語るかを教えてもくれる。その意味で興味深いのは『ベトナム語通訳』だろうか。西欧列強に侵略され、支配される側としての意識と、自国もまた他国を属国化してきた現実。それを現代の返還後の香港からどう語るのか。
 福邇は愛国者だが、素朴な帝国主義支持者としては造形されていない。彼の語る「国のため」という言葉には何かしらの含みがあるようで、この点は今後、日清戦争、辛亥革命といった大事件を背景に深められていく部分なのかもしれない。

 ホームズやワトソンはもとより、ハドソン夫人やマイクロフト、ベーカー街イレギュラーズといったお馴染みのレギュラーキャラクターが中国人として登場する。原作のホームズには格闘術の心得があったが、福邇もまた太極券などの武術を使いこなす。彼と華笙が悪漢相手に演じる武侠小説張りのアクションシーンも見どころの一つになっている。
 私が好きなのは、“あの人”を魅力的に再現した『親王府の醜聞』だ(これは元になった『ボヘミアの醜聞』が好きだからというのが大きい)。ミステリとして面白く感じたのは山田風太郎の明治物を思わせるトリックが楽しい『血文字の謎』と、鮮やかなサプライズを決めてみせた『買弁の書記』だ。
 
 英国風の瀟洒な建築物がならぶ一方でスラムが広がり、「中華と夷狄が雑居し、ヨーロッパとアジアが隣りあって」いる混沌の大都市香港。彼らの次なる冒険が楽しみだ。
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ときのき
ときのき さん本が好き!1級(書評数:137 件)

海外文学・ミステリーなどが好きです。書評は小説が主になるはずです。

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