darklyさん
レビュアー:
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つかみどころがない物語ながら心をギュッとつかまれる不思議な作品

エールフランス006はアメリカ上空で激しい乱気流に巻き込まれた。機体は破損しながらもなんとか切り抜け、緊急の着陸の許可を得るため管制センターと連絡を取るが空軍基地への着陸を指示される。戦闘機二機の護衛付きという容易ならざる事態だ。
というのもエールフランス006は3か月前に着陸している。今着陸しようとしている機体もパイロットも乗客もすべて3か月前に着陸しているのだ。つまり全く同じ人間が200人以上いることになる。一体これはどういうことなのか?各分野の専門家たちが集まり事態の解明に乗り出す。
全く同じ人間が存在するというあり得ない状況の中で、科学者の一人はシミュレーション仮説を提唱します。我々が住む世界は何者かによって創造(プログラム)されたシミュレーションであり、当然我々自身もプログラムの一部であるというものです。つまり同じ人間が存在してしまうのはプログラム上何らかのバグが発生したというわけです。
この仮説によると、物語中にも例として挙げられていますが、我々は映画マトリックスにおけるエージェントスミスのような存在です。ただエージェントスミスは自分がプログラムであると自覚していますが我々はそのことを知らないという違いはあります。
読者は当然このSF的設定の中で、最終的にはこの事態に関する何らかの原因が明かされると期待するわけですが、そのような展開にはなりません。宗教的議論や哲学論争が巻き起こり、しかし現実的には重複者の社会的位置づけや彼らの生活という実務的な問題が起こります。
重複者は様々な状況の人々がいます。3か月前に着陸した後、自殺し、そしてまた着陸した人、3か月前からの今の間に妊娠するが、当然妊娠していない今着陸した同じ人。それぞれがこの状況をどう考えるか。怒り、悲しみ、戸惑い、諦念、別れ、希望、悲喜こもごもの中で皆もがきます。
結局この物語は何が言いたいのか。色々な解釈が可能だと思いますが、私は結局人間と言うものは世界がどうあれ、それぞれ自分が直面する事態を受け入れ、それに対応していく他ないのだということだろうと思います。そこにはアメリカ大統領も含まれます。アメリカ大統領は事態に現実的に対応するためにあるショッキングな決断をしますが、大変考えさせられます。
この物語はSF的な設定のもとに、様々な状況の人間を仮定した哲学的あるいは社会学的思考実験小説であると考えます。これとよく似た物語に平野啓一郎の「空白を満たしなさい」があります。この物語は突然死者が生き返る復生という現象が発生し、そしてまた突然消えていくという話です。この現象に関する説明は一切なく、復生者と近親者及び社会との関わり合いのなかで、「分人」という作者が提唱する概念を主張する思考実験小説と言えます。
作者はもちろん小説家であるものの、ジャーナリスト、数学者、言語学者の顔を持ち、その豊富な知識はもちろん小説に活かされていますが、専門分野の細かいところに分け入りすぎることもなく、軽妙かつユーモアに溢れテンポの良い展開が読者を飽きさせず、凄くバランスの良い作品であると思います。凄いポテンシャルを持った作家だと思います。
最後にちょっと残念だと思うのは、原題「アノマリー」を「異常」と訳したことです。異常という言葉のイメージはあくまでも現実的な世界の中で、例えば「機器が異常だ」等だろうと思います。アノマリーと言う言葉はこの小説の世界が示すようにもっと根本的に例外的なことが起こっているというイメージではないかと思います。
というのもエールフランス006は3か月前に着陸している。今着陸しようとしている機体もパイロットも乗客もすべて3か月前に着陸しているのだ。つまり全く同じ人間が200人以上いることになる。一体これはどういうことなのか?各分野の専門家たちが集まり事態の解明に乗り出す。
全く同じ人間が存在するというあり得ない状況の中で、科学者の一人はシミュレーション仮説を提唱します。我々が住む世界は何者かによって創造(プログラム)されたシミュレーションであり、当然我々自身もプログラムの一部であるというものです。つまり同じ人間が存在してしまうのはプログラム上何らかのバグが発生したというわけです。
この仮説によると、物語中にも例として挙げられていますが、我々は映画マトリックスにおけるエージェントスミスのような存在です。ただエージェントスミスは自分がプログラムであると自覚していますが我々はそのことを知らないという違いはあります。
読者は当然このSF的設定の中で、最終的にはこの事態に関する何らかの原因が明かされると期待するわけですが、そのような展開にはなりません。宗教的議論や哲学論争が巻き起こり、しかし現実的には重複者の社会的位置づけや彼らの生活という実務的な問題が起こります。
重複者は様々な状況の人々がいます。3か月前に着陸した後、自殺し、そしてまた着陸した人、3か月前からの今の間に妊娠するが、当然妊娠していない今着陸した同じ人。それぞれがこの状況をどう考えるか。怒り、悲しみ、戸惑い、諦念、別れ、希望、悲喜こもごもの中で皆もがきます。
結局この物語は何が言いたいのか。色々な解釈が可能だと思いますが、私は結局人間と言うものは世界がどうあれ、それぞれ自分が直面する事態を受け入れ、それに対応していく他ないのだということだろうと思います。そこにはアメリカ大統領も含まれます。アメリカ大統領は事態に現実的に対応するためにあるショッキングな決断をしますが、大変考えさせられます。
この物語はSF的な設定のもとに、様々な状況の人間を仮定した哲学的あるいは社会学的思考実験小説であると考えます。これとよく似た物語に平野啓一郎の「空白を満たしなさい」があります。この物語は突然死者が生き返る復生という現象が発生し、そしてまた突然消えていくという話です。この現象に関する説明は一切なく、復生者と近親者及び社会との関わり合いのなかで、「分人」という作者が提唱する概念を主張する思考実験小説と言えます。
作者はもちろん小説家であるものの、ジャーナリスト、数学者、言語学者の顔を持ち、その豊富な知識はもちろん小説に活かされていますが、専門分野の細かいところに分け入りすぎることもなく、軽妙かつユーモアに溢れテンポの良い展開が読者を飽きさせず、凄くバランスの良い作品であると思います。凄いポテンシャルを持った作家だと思います。
最後にちょっと残念だと思うのは、原題「アノマリー」を「異常」と訳したことです。異常という言葉のイメージはあくまでも現実的な世界の中で、例えば「機器が異常だ」等だろうと思います。アノマリーと言う言葉はこの小説の世界が示すようにもっと根本的に例外的なことが起こっているというイメージではないかと思います。
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昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。
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- 出版社:早川書房
- ページ数:0
- ISBN:9784152100795
- 発売日:2022年02月02日
- 価格:2970円
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