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ぽんきち
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その時、少女たちに何が起きたのか
子宮頸がんワクチンは、ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防止する目的のワクチンである。HPVには100種類以上の型があるが、その一部(少なくとも13の型)は子宮頸がんを引き起こすことが知られている。HPV感染は主に性交渉によるものである。性交渉を始める前の若年齢のうちに、HPV感染を防げば、後に子宮頸がんになる芽を摘めるだろうという発想で開発されたのが子宮頸がんワクチンである。
このある種、画期的なワクチンは、広く各国で採用され、大規模な接種が行われた。
だが、このワクチンにより、失神や激しい痛みなどの重篤な副作用を訴える例が出た。
日本では2011年以降、公費負担で対象女子(大部分は中学生)への接種を勧めてきたが、副作用の訴えを受けて、2013年6月以降、積極推奨は控える通達が出た。このため、一時は70%近かった接種率は1%未満になった。
その後、2021年11月に22年4月からの積極推奨の再開が決定しており、おそらくは接種率は再度上がっていくものとみられる。

本書の原題は、"The HPV Vacccine on Trial(裁かれるHPVワクチン)"であり、このワクチンによる被害を受けたとする側からの主張を追っている。
本文430ページほど、注が80ページとなかなかの大著である。
著者はそれぞれ、法律家・子供の健康問題の活動家/弁護士/ライター・被害少女の母。
HPVワクチンの臨床試験や市場に出てからの経緯、ワクチンのアジュバントの考察や通説に対する異論、各国の状況なども含むが、まず何より印象的なのは、被害少女(一部、少年)の痛ましい事例だろう。それまで健康で活発・快活であった子が、ある日を境に麻痺状態になったり、けいれん発作を頻発するようになったりする。長期に及ぶ障害を負う者、突然死する者、自分の症状に絶望して自殺してしまう者。本人はもちろん、周囲の悲嘆は計り知れない。
さて、これは実際にワクチンの副作用であったのか。被害者たちはそうであると主張するが、世間的には容易には認められず、苦しい戦いを強いられることになる。

以下は素人の感覚的な理解だが。
臨床試験段階でプラセボ(生理食塩水ではなく、アジュバントを含むもの)を投与されて副作用が出たという話、姉妹で似たような症状が出た話、自己免疫疾患を連想させるような症状が出た話などからは、アジュバントの成分が免疫系に何らかの作用をもたらして、副作用が出るというのはあり「うる」ように思う。そうであれば、ある遺伝的素因を持つ者で重篤な症状が出るのは可能性としてはあるのではないか。
ただ、一方で、それが誰に出るのか予測するのは(少なくとも現状)かなり困難なのではないか。すぐに症状が出るのではなく、時間をおいて出た場合などは特に、因果関係を詰めるのは難しいことだろう。

子宮頸がんワクチンに限らず、ワクチンはまだ起こっていない疾患に対する予防を目的とする。臨床試験が行われ、副作用があるとしても利益と天秤にかけて利益の方が勝るとされた場合に市場に出る。
副作用・副反応が軽微であればよいが、重篤であった場合、さらには副作用が起こるのが非常に低い確率であった場合、集団の利益と個人への負担を誰が判断するのか、被害に対しては誰が責任を取るのかは難しい問題となりうるだろう。

本書では端々に、製薬会社の姿勢を責める論調が滲む。利益のために副作用を握りつぶそうとしているというわけだ。
症状が「心因性」だ、少女たちは「ヒステリック」だ、と責められがちであった「被害者」側の立場からすると無理はないのかもしれないが、ここで陰謀論めいたことを言って敵対するのは得策ではないのではないか。
製薬会社がいくら臨床試験を行うといっても、実地以上の大規模試験はできない。知りえなかったことが起こる可能性はあるだろう。ならば、副作用が出た側と製薬会社側が協力していく形を作れないものなのだろうか。実際にそれが副作用であるのか、副作用であるならば、原因・要因は何か、冷静に虚心坦懐に詰めていくことはできないのだろうか。
・・・そう思うのは机上の空論なのだろうか。

ことはワクチンだけに収まらないのかもしれない。薬害がなぜ起こるのか、起こった場合にはどうすべきなのか。さまざまな問いもここには潜んでいるのかもしれない。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1825 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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この書評へのコメント

  1. 三太郎2022-01-29 17:42

    ぽんきちさん、こんばんは。

    素朴な疑問があるのですが、このワクチンは何故女性だけに打つのでしょうか。男性も感染するわけですから(そうでなければ女性に感染はしないはず)男性にもワクチンを打つのが道理だと思うのですが・・・

  2. ぽんきち2022-01-29 17:51

    三太郎さん

    実際、打っている国もあります。本書中にも少年で副作用が出た例が出てきます。
    打つべき、という議論もあります。

    端的に、男性自身に対してメリットが少ないと考えられていた、ということではないでしょうかね(HPV自体は中咽頭がん、陰茎がん、肛門がんなどの原因ともなるので、男性もまったく関係ないというわけではないのですが、子宮頸がんに比べて頻度等が低いのではないですかね)。
    その辺は、成人男性で風疹の予防接種が手薄だったのと通じる話かもしれません。
    パートナーなり次世代の子供なりの不利益となるという考え方が広まれば、男性も打つのが普通になっていくのかも。

  3. 三太郎2022-01-29 17:58

    個人の(女性の)利益を優先して打つのなら、副反応を十分理解した上で、各人の判断で打つべきでしょうし、社会全体の利益を優先するなら、男子にもワクチンを推奨すべきではないかと思いました。女子にだけ打たせるのは中途半端な気がします。

  4. ぽんきち2022-01-29 18:07

    はい、おっしゃる通りと思います。
    集団で見ると、合理的ではないですよね。

    ただ、どうだろうなぁ、日本の場合、子宮頸がんワクチンは、「積極的推奨」(4月以降)ということなので、(建前上は)個人の判断というスタンスなんじゃないですかね。
    いずれにしても、4月以降、実際、女子の接種率も上がるのかどうか。
    副作用の話も日本ではかなり大きな問題になっていたので、ここでいきなり男子にも推奨、という動きにはなかなかなりにくいようにも思います。

  5. 三太郎2022-01-29 18:24

    僕も社会全体でみればこのワクチンを打つメリットがあるのか疑問なのですが・・・風疹みたいに大流行するわけではないし。因みに僕は大学生の1年目で風疹の流行にあい、感染して苦しかった経験があります。

  6. ぽんきち2022-01-29 20:02

    風疹はかつては数年おきに大流行があったみたいですね。
    子どもに多い感染症は、大人になってから感染すると、ひどくなることありますよね(><)。

  7. 脳裏雪2022-01-30 21:21

    ぽんきち さんのいう、ワクチンは「個」よりも「集団」を見ている、っという意味がわからないです、ワクチンはある感染症に対し免疫を喚起するもので、接種した当事者に副作用のリスクを負わせます、そのメリットvsデメリットを考え接種を個人的に決断するのではないか、っとおもうのですが、粗忽なもの言いですいません、

  8. ぽんきち2022-01-31 22:35

    ご指摘ありがとうございます。
    そうですね、ちょっと不用意だったかな・・・?

    特に現在は以前(1970年代後半から80年代半ば)のような集団接種というよりも個人が判断してという形なので、おっしゃる通りかもしれません。

    感染症というのは集団に流行するものなので、ある程度集団全体として打たないとという意識があったのですが、インフルエンザなどに比べて、HPVはそういう側面は小さいかも。

    この部分、書き換えるかもしれません(まとまらないかもしれないですが)。ちょっと考えます。

    21・1・31 若干の修正をしました。

  9. No Image

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