書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

darklyさん
darkly
レビュアー:
未知の世界を探求するのが科学なら、それは限りなく哲学に近いものになる。
本書はループ量子重力理論研究者のカルロ・ロヴェッリによる一般読者向けの量子力学の解説書です。前著「時間は存在しない」では「時間」という概念について最新研究を基にした仮説が述べられていましたが、本書では量子力学について我々がどう理解すればよいかということについての仮説がテーマです。

20世紀初頭に始まった量子力学は今では確立された理論となっており、現実世界において量子コンピューターや量子暗号等その性質を応用した技術が既に実用化されようとしています。量子力学は数学によって導き出されたものですが、ご存知の通り、その理論が示す現実世界の解釈については何もわかっていません。

例えば有名な「シュレディンガーの猫」では箱の中に猫は生きている状態と死んでいる状態が重ね合わさった状態となっていると説明されますが、一体これはどのような状態なのでしょうか?これ以外にも我々の常識からすると現実離れしているとしか思えない現象が多々ありますが、量子力学が数学的に堅牢であり疑う余地がなかったとしても、実はそれがどのような状態であるのかについては地球上の誰一人分かっていないのです。

そもそもなぜこのようなことになったのかを考えれば私は科学と数学の逆転現象があるように思います。19世紀までの科学では基本的に目に見える現象を説明するツールとして数学を利用していましたが、20世紀に入ると数学が科学に先行、つまり数学的な展開により逆に現実世界について仮説を提示するようになり、そしてそれが正しかったことが後に判明するという事態がおきています。ヒッグス粒子などは正にその例だと思います。

以前の書評にも書きましたが、どうしても私が気になるのは、なぜ人間の頭で考えだされた数学が現実の世界を説明できるのかという不思議です。なぜ物体が重力によって落ちていく速度(自然の摂理)を数学(全く人工の物)が説明できるのか?それだけでも不思議なのに、さらに現代では人間には全く感知できないものの存在まで数学はその存在を予言するという何かオカルトめいた展開には驚愕するばかりです。

それはさておき、本書では主にハイゼンベルクとシュレディンガーによる量子力学へのアプローチを紐解きながら現在考えられている量子力学の解釈についての諸説を紹介していきます。「多世界解釈」、「隠れた変数理論」、「認識論的解釈」等を紹介しながらその理論についての著者の評価を述べた後、世界は実体ではなく、「関係」に基づいてできているという著者の見解が述べられます。

それは現代科学を発展させてきた西洋の物の考え方、それは日本人である我々も大きな影響を受けているものですが、物理的な世界を確固たる属性を持つ対象物の集まりと捉える視点、を根本的に否定するものです。簡単に言えば物を細かくしていけば一番の基礎になる粒、謂わば究極の実体というものがあってその不変な確固たる性質を基に世界ができているのではなく、対象物(量子)の属性は別の対象物との関係においてのみ存在するというのです。

著者のこの発想のつながる一つのきっかけは仏教哲学の基礎となるもっとも重要な仏典の一つであるナーガールジュナの「ムーラマディヤマカ・カーリカー」を読んだことです。このナーガールジュナの思想の根本は「ほかのものとは無関係にそれ自体で存在するものはない」というものです。もし著者の仮説が正しいとすれば正に二千年の時を経て西洋文明と東洋文明が一つに収斂していくという壮大な話となります。

言うまでもなく科学と哲学と宗教は未知の分野への違った方法によるアプローチですが、本書は科学書というよりもむしろ哲学書と言った方が良い内容であり、量子論など全く知らなくても十分楽しめる内容となっています。

原題は「Helgoland」若き日のハイゼンベルクがヘルゴランド島において閃いた着想からそれまでの古典物理学は根底から覆され、20世紀の輝かしい量子物理学の発展につながり、そして著者はその先端にいるという感慨からその題をつけたのではないかと思います。私の以前の書評から、ハイゼンベルクが「不確定性原理」に到達しヘルゴランド島で夜明けの海の眺める場面を、最後に引用したいと思います。
あなたが神の肩ごしに見たとき、物の薄い物質的な表面をとおして見えたのは、物質性が消失してしまう場だった。その秘密の場では、それはすでに場でさえないのだが、矛盾が矛盾でなくなり、同時に、図というものが、なじみぶかい触感とともに消えうせる。人間の言葉がえがける世界は、あとかもなく消えうせ、あるのはただ、無言にして有無をいわせぬ、色彩のない数式、不動の行列力学の抽象的な壮大さで、その想像をこえる美しさは、あなたの目に見抜かれるのをずっと前から待ち続けていたのだ

お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

読んで楽しい:8票
素晴らしい洞察:2票
参考になる:23票
共感した:1票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. noel2022-05-19 21:51

    世界は関係から成り立っているという感覚、もしくは直感は若い時から感じており、空間そのものはその関係性においてのみ存在すると考えています。これは、仏教からというよりは、マルティン・ブーバーの『我と汝』からの着想ですが、まずは我とそれ、もしくは彼、ないし汝といったそれぞれの関係性において存在する空間が、いわゆる世界というものなのではないかと思うのです。それを「場」とすれば、場はすなわち英語でいうと、スペースであり、日本語でいうと「空間」となります。場は関係性で成り立っているのです。(自分でもなにを言ってるかわからず、勢いで書いてしまいました。ゴメンナサイ)

  2. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論【Kindle】』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ