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すずはら なずな
レビュアー:
創作の神様と約束した女の子の物語として。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

本が好き!200冊目のレビューです。

大人になってから出会い、真剣に読んだ漫画、ベスト1。
今回のレビューを書くにあたり 色々な場所(サイト)で色々な感想を参考にさせてもらいました。

山田さんの長きに渡る報われない真山への片恋、真山のストーカーとも言える程のリカさんへの「見守り」。そして極め付けは、最後の怒涛のシリアス展開と はぐちゃんが最終的に誰を選んだか。その辺りに 色んな賛否があったようですね。
この作品を「恋愛漫画」として、リアルタイムで 恋の行方をドキドキしながら見守った読者さんたちは 特にこの結末の「持って行かれ方」に唖然とされたかもしれません。

だからこそ、今回はこの結末を見据えたうえで はぐちゃんを、少し離れて見守る立場で読んでみたわけです。竹本君と並んで、はぐちゃんも「主人公」だと思っていたのに 読み返してみると心理描写とか独白、ポエムのように心の内を綴った文章とかは 他のひとに比べ極端に少ない。
人見知りゆえに登場人物との絡みもかなり限定されている。山田さんはほぼ全員と話したり癒したり慰められたりしているのに。


誰にも届かないような凄い才能のある女の子。

創作には驚くほど真摯でストイック。世俗の感覚には程遠く恋愛にも疎い。閉塞した環境で長野の田舎でおばあさんと暮らし、友達も作れないまま学生時代を過ごし この年齢まで来た。シャイで上手く人と関われない。父のいとこの修ちゃんが東京の大学に連れださなければ そのまま田舎で黙々と絵を描いていたかもしれない。
絵を描くことだけが自分を自由にし 幸せにし、修ちゃんだけが安心して心開ける相手。

その目で世界を観たらどんなだろう。芸術家の道を夢見て挫折した大人たちが その夢をつい託してしまう、そんな存在。
そして 絵が好き、絵が上手いと自認してきた多くの美大生にまで 諦めや嫉妬 敬遠さえされてしまうそんな存在。本人はただ 創りたい、描きたいだけなのに。

そんなはぐみに一目ぼれする竹本くん。恋のライバル?はこれまた天才肌の留年生 自由人の森田さん。
最初は怖がって嫌がって逃げ回る。小柄で子供みたいなはぐを「コロボックル」「ハム公」と追いまわし からかい 躊躇なく絡んでくる。この人の存在は作品のなかでギャグ担当の部分が多く 重くなりそうなところで癒してくれる存在でもある。
でも ところどころで 窓の傍や少し後で真山と山田のやりとりを見守っていたり、はぐの欲しいものを描きつけたスケッチブックの内容をちゃんと覚えていて さりげなくプレゼントするあたり、いいかげんで大雑把に見えて意外とこの人は他人の感情の揺れや今の人間関係を解っているようだ。
すごくいいタイミングで山田さんのためにひと押ししたり さりげない言葉でなぐさめる。その時のこの人の手はとても温かいのだろう。
私はこの山田さんと森田の関わるいくつかのシーンがとても好きだ。


結末を知りながら再読すると、(ネタバレしますが)はぐが大けがをし、長くなるであろうリハビリとその後の彼女の人生を支えることを 修ちゃんにお願いするのは納得がいく。そこに向かって伏線になる会話が散りばめられている。

はぐちゃんには創作することが必要だし、夢でも希望でも 存在そのものでもある。
やりたいこと(創作)が限りなくあって それを全てやってみたい。時間もかかるだろうし、一人きりではやりとげられないかもしれない。そんな不安も抱えている。
その時点ではぐの気持ちの中で、付き添って傍にいてもらいたいのは 修ちゃんしかないと思っているし、それを竹本くんに問われて、「修ちゃんに迷惑はかけられない」と言って 卒業後田舎に帰って一人で創作活動をしようと決めていた。「みんなのことは大好きだけど」。


同じく大きな才能と可能性を持った森田さんのしつこいふざけたアプローチのおかげで、はぐも優しくて警戒心を持たせない竹本くん以外に 森田さんも自分を出せる相手となっている。お互いに凄い作品を作ることを認め合い、久しぶりに会えば 創作の成果をバトルのように見せ合って。

象徴的なのは 彼女が森田と出かけたとき「楽しくなかった」と言う初めのころ。一緒に出かけるのは「修ちゃんがいいの」と。
修ちゃんは気づくのだ。はぐは森田さんを「好き」なのだ。目の前で気楽にものを食べることができないほどに。
それが変化するのは その後森田が内緒の大きなアルバイト(ハリウッド映画の美術 技術?)にいきなり行ってしまった時。「帰ってきて欲しい?」と聞く竹本くんに、きっぱり言うのだ。「帰って来てほしくない。やりたいこと全部やって欲しい」。

はぐちゃんの「好き」はきっと 小さな恋愛の枠を超えているのだ。そして「一緒にいたい」もまたいわゆる「恋愛」や「結婚」とは別なのだ、と思う。

謎の多かった森田さんだが、その生い立ちと、双子の兄と共にやり遂げたかった「復讐」についてラスト近くで解る。それを済ませ すっかり疲れていたのだろう、森田さんは怪我を負ったはぐに
「描かなくていい」「ただ生きてくれればいい」「一緒にいられればいい」と言う。竹本君に比べ 確かに経済力の保障もないでもない。限りなく優しい言葉だけれど、これは本当の意味ではぐの救いにはならないのだ。どんなに考えたってはぐには「描かない」選択肢はないのだから。

右手の痛みの自覚と共に はぐはリハビリに、そして修ちゃんのもとに戻る決意を示す。
もし森田が今までのキャラを保ったまま「描かないコロボックルなんて面白くねぇ」とが「右手がダメになったって左が、それもダメなら足もある、口も使える 全身で拓本だってとれるぞー」みたいに言ってくれたら そして「どこまでもオレも付き合うから」と「一緒にすげえもの創ろう」「お前の創るものを見たい」と言ってくれたら、はぐの選択ももっと揺らいだのかもしれない。

まだまだ語りたいキャラクターが沢山いる。まだまだ心に残る台詞がある。
それぞれが相手のことを気遣い 慰め、意見する。見守り手をさしのべる。
それぞれに生まれた家庭があり 家族の形があり 想いがある。
それをこの作者は全てを掬うように描くのだ。

長くなって書ききれないが、山田を支える「青春スーツ再装着」の野宮さん。片思い 失恋女子の「理想の王子様」すぎるかもしれないが 女子の妄想でも夢でもいいじゃない、切ない片思いに泣く山田さんへの優しさが溢れてそんな彼の出てくるシーンは全て好きだ。

ここで書き切れないが大学のおじいちゃん先生たちや 商店街の皆、竹本くんが旅先で出会った人たち、真山の会社の人たち、傷ついた心のリカさん、もう居ないリカさんの夫原田さん。竹本くんの家族、森田さんの家族とお父さんの会社の人。
それぞれが 大切な相手に自分ができることを探し、できるだけのことをする。相手がどんな人なのかを今どんな気持ちでいるのかを考えることができるのだ。

誰かを愛すること 支えること、見守ること 自分に今できることが何だろう、
そんなこと問いかけ続ける物語なのだと思うのだ。

実らなかった恋でさえ、なかったよりずっといい。彼らの学生時代の思い出は苦しくて切なくて、明るくて楽しくて きらきらと美しい。
だけど 彼らのこれからもまだ たくさんの美しいものが待っている、そんな気にさせてくれるのだ。

彼らが出会ったことに、そして私が彼らに出会えたことに 心から感謝したい。

追記:何で山田さんはそんなに真山が好きなのか、真山は結局どういう人なのかを もうひとつのテーマとして追ってみたのだが 結論はやっぱり「好きになっちゃったものはどうしようもない。理屈じゃない」ということでした。そして周囲にどんなに言われたって どんなに思いを寄せてくれる素敵な相手が現れたって、片恋にきっぱり終わりを決めることは彼女にとっては難しいことだったってこと。山田さんは自分を騙せない、そんな女の子なんですね。(真山の人柄や恋愛についての考察は結局置き去りになってしまいましたが)。


共感する相手 好きだなあと思う関係性、お気に入りの言葉 シーンも変化する。
何年経って読んでも色あせない、ザ・青春の物語です。
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すずはら なずな
すずはら なずな さん本が好き!1級(書評数:441 件)

実家の本棚の整理を兼ねて家族の残した本や自分の買ったはずだけど覚えていない本などを読んでいきます。今のところ昭和の本が中心です。平成にたどり着くのはいつのことやら…。

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この書評へのコメント

  1. Tetsu Okamoto2016-08-03 13:01

    おわったときロッテンマイヤー先輩の黒歴史が描かれなかったのが残念でした。

  2. かもめ通信2016-08-03 13:02

    レビュー200冊達成♪おめでとうございます!!

  3. すずはら なずな2016-08-03 16:57

    Tetsuさん

    先輩とか、とにかく色々魅力的なひとが出てきましたよね。
    番外編のにゃんざぶろうの話は楽しかったですね。

  4. すずはら なずな2016-08-03 16:47

    かもめ通信さん
    ありがとうございます!本が好き!楽しく続けさせてもらっています。
    300冊目指してまたのろのろ進みます★

  5. すずはら なずな2016-08-04 09:17

    リーダー(犬ですが)のことを書きそびれました。色々大事な部分をさりげなく担っている犬さんです。(あとユニコーンもね)

  6. mo to riru2016-08-13 10:59

    私は森田さんのファンです。
    「3月のライオン」もそうですが、羽海野チカさんは脇役が本当に魅力的ですよね。

  7. すずはら なずな2016-08-13 21:27

    mo to riruさん
    森田さん 素敵ですよね。ふざけたことばかりやっているようで、ちゃんと周りのこと見てて、気持ちをわかっている。凄く優しいひとなんですよね。
    脇役でも、どんなひとも皆 大事なもの大切な想いを持っている、そんな風に手を抜かず表現する稀有な作家さんだと思います。

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