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星落秋風五丈原
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血縁を必要としない 韓国のコミュニティ
夜、電車で漢江を渡ってくると、ぽつんぽつんと目立つのがネオンサインのような十字架だ。仏教よりもキリスト教人口が多いらしい。一方こちらは目立たないが、ドラマで一躍有名になった梨泰院地区に、イスラム教徒の拠り所、ソウル中央モスクがある。朝鮮戦争に国連軍として参加したトルコ軍には何人かのイマーム(イスラム教徒の集団の指導者)が従軍しており、停戦後も彼らが布教活動のために韓国に残ったのが、大韓民国におけるイスラム教布教の始まりと言われている。信者は豚肉や犬肉を食しない。にも拘わらず、主人公の養父ハサンは精肉店を営む。もう既にここで、はみ出し者の要素がある。

 本作は
僕の体には義父の血が流れている

で始まり
僕の体にはいまでも義父の血が流れている

で終わる。

  僕には愛国の情や朝鮮人であるというアイデンティティへの執着がない。韓国はむしろ自分を捨てた国であり、韓国人である孤児院の院長は、彼を価値なき者のように言い捨てた。他国人のハサンによって救われた彼には、積極的に両親を探すなどという韓ドラ的展開はない。
人間の顔だけを見て、その人の出自や民族が判断できるだろうか。結論は、できない、だ。人間は、生まれつき人を人種で区別する才能など持ち合わせてはいない。それは、人間は人間でしかありえないという意味でもある。

と極めてドライな考え方の持ち主だ。ハサン、夫の暴力から逃げてきたアンナおばさん 彼女の営む食堂の屋根裏部屋に居候している元ギリシャ兵のヤモスおじさん、戦争の後遺症で記憶を失い、いまなお妄想の中で生きている元韓国兵の禿げ頭のおじさん、貧しさと家庭内不和によって行き場がない吃音の友達のユジョンとちゃっかり者らと、狭いごみごみした場所で暮らしている。

 僕や養父のコミュニティは、血の繋がりがなくても―同じ時に受けたのではないが―傷を抱えた人間として繋がっており、お互いを労わり合う。法律上は何の保護もないよそ者同士の集まりで、不安定な事この上ない。しかし、親子関係を軸に、兄弟の序列、男女の別、年齢の高低によって、厳しく秩序づけられている韓国の家族よりも、彼等の方が自由でいっそう魅力的である。無理になる家族より、自然につくられる家族の方が続くのだ。
    • 梨泰院地区にあるソウル中央モスク
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2323 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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