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hackerさん
hacker
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「人というのは確かに、動物と同じで、お互いを食い合う存在よね。だから、あなたが人を本当に、つまり物理的な意味で食っているからといって、あなたの方が罪深いとはけっして思わない」(本書収録『かつら』より)
アルゼンチンの作家シルビナ・オカンポ(1903-1993)の作品は、もしかしたら、なにかのアンソロジーで読んだことがあるかもしれませんが、少なくとも、まとめて読むのは初めてです。本国はいざ知らず、日本では夫のアドルフォ・ビオイ=カサーレスの方が知られているでしょうが、本書は、彼女の五つの短編集から日本独自編纂したもので、36の短編小説若しくは掌編が収められています。ジャンルとすると、幻想小説ということになるのですが、個人的には作品によって好き嫌いがかなり分かれます。


特に印象に残る作品を紹介します。

・『砂糖の家』

訳者あとがきで「彼女の作品でもっとも知られている」と紹介されています。迷信家で「前の住人の運命が人生に影響を与える」と信じている新妻のために、一見新築に見える白い外壁の「砂糖の家」を見つけてきて、「新築だ」と偽って住みだした夫婦の話です。やがて、新妻に前に住んでいた女性の影が見えるようになるのですが、想像するような単純な終わり方はしません、

・『ミモーソ』

愛犬ミモーソが瀕死になった時、飼主の女性メルセデスは、それを剝製にします。ただし、悪趣味だとか悪い評判が立つといけないので、それを友人に見せることは止めます。しかし、ある日、メルセデスとミモーソの卑猥な絵が送られてきたのでした。

・『レストラン<エクアドル>の事故』

一年前の真夜中に倒壊し、従業員が全員死亡したレストラン<エクアドル>の新しい建物ができたというので、出かけてみると、以前からパンのような白い顔をしていたイシドロ・エベルスが、死人のような白い顔をして、何一つ変わらない様子で、給仕を務めていました。

幽霊譚というより幻想譚ですが、ちょっと不思議な雰囲気があります。

・『かつら』

「あなたはわたしをだまそうとして、いつも本当のことを伝えていた。わたしはあなたに本当のことを伝えようとして、いつも嘘をついていた」

こんな出だしから始まる、カニバリズムの話です。

・『親展』

80代の年老いた姿で生まれ0歳で生涯を終える主人公を描いた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』という映画がありましたが、原作はスコット・フィッツジェラルドで、それと同じような人物が登場します。ただし、二つの手紙のやり取りで語られる話なので、どこまでが「客観的事実」なのかは不明です。

・『コラール・フェルナンデス』

「僕」と相思相愛になったコラール・フェルナンデス、ところが彼女といると、「僕」はどんどん体調が悪くなり、医者が診ても原因が分かりません。彼女と会わないでいると、すぐに健康になります。それでも愛し合う二人は結婚して、子どもを作ることにしますが、はて、できるのでしょうか。

・『マルバ』

イライラがたまりすぎると、自分の体の一部を食いちぎり(!)、精神力で血も流さない(!)アルバという女性がいました。そして、彼女が迎えた最期とは。

・『カイフ』

「カイフは謎めいていた。わたしは彼がとても小さいころの写真を一枚持っている。半開きの瞼の奥に、ちかちかと光るあの黄色い獰猛な目がのぞいている。見つめられると怖かった」

最初は、カイフが犬かと思いますが、実は虎です。カイフを飼っていた女性が「人生を変えること」にして自殺したので、カイフを「わたし」がもらい受けることにします。展開は読めるのですが、心温まる話です。なお、カイフとは、アラビア語で「面倒な会話も、不快な記憶も、空虚な思考もなしに動物の存在を味わうこと」だそうです。でも、本当かどうかは知りません。


さて、本書収録作品の順番が年代順なのかどうかは分かりませんが、後半の方が面白い作品が多いようです。こういう掌編では、先日読んだブッツァーティの三冊の短編集でも感じましたが、アイデアだけポンと放り出して、しっかりこねていないと思うことがよくありますが、本書の前半には、そのような作品が多いようです。そう考えると、星新一は本当にすごいと思います。なお、本書でベストを挙げるなら、個人的好みがかなり反映しますが、『カイフ』になります。

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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2022-01-19 15:14

    シルビナ・オカンポといえば、昨年11月にこの本↓も出ているんですよね。

    どちらになるかわかりませんが、私も読んでみるつもりでいます。

  2. hacker2022-01-19 16:18

    本書訳者解説によると、ルリユール叢書の方は、二つの短編集を訳したものだそうです。もちろん、どちらを読んでも良いのでしょうが、こちらの方が全体像が捉えやすいかもしれませんね。

  3. No Image

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