ぽんきちさん
レビュアー:
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戦後の上方歌舞伎で切磋琢磨する2人の役者の青春
映画が話題となっている作品の原作。
主人公は、長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄。抗争で父を亡くした後、縁あって上方歌舞伎の名門、花井半二郎の部屋子(一般家庭の出だが、子役のころから幹部俳優にあずけられ、役者として必要なことを仕込まれる弟子)となった。半二郎には実子の俊介もおり、2人は切磋琢磨して芸の道を極めていく。
副題にもあるが、上巻はそんな2人の青春篇。
冒頭近く、喜久雄の父が襲われるのだが、その襲撃シーンがすでに芝居のようである。正月の料亭に、無頼の男たちが殴り込みをかける。女中らが逃げ惑う中、敵味方のヤクザが入り乱れて切り結ぶ。
宴席は新年を祝うもので、長崎では大きな組である立花組が毎年開く盛大なものだった。余興もいくつもあったが、中に親分の息子である喜久雄の芝居もあった。素人ながら光るものがあり、贔屓筋の伝手で列席していた上方役者、花井半二郎の目にもとまった。
喜久雄の父は襲撃事件のため、病院で死ぬ。紆余曲折を経て、喜久雄は半二郎に引き取られて部屋子となることになり、御曹司の俊介とともに厳しいけいこを積んでいく。
半二郎は立役(男役)の役者だったが、喜久雄も俊介も女形の素質があった。2人で臨んだ『二人道成寺』は大当たりとなった。戦後の当時、上方歌舞伎は斜陽の時代。古くからの芝居小屋は潰れ、漫才などの新しい芸能も台頭してきていた。そんな中で生まれたスターに上方歌舞伎界も起死回生かと沸き立つが、ことはそうスムーズには進まなかった。
大舞台を前に、半二郎が交通事故に遭う。その代役に抜擢されるのは御曹司の俊介だろうと誰もが思った。だが選ばれたのは喜久雄。任侠から才能でのし上がったというサクセスストーリーで売り出そうと興行元の会社が考えたのだった。しかし、俊介にとってショックだったのは、会社ばかりでなく、父である半二郎も喜久雄がふさわしいと考えたこと。俊介はそれが元で出奔。半二郎も病に倒れ、一人奮闘する喜久雄は東京への進出や映画界への挑戦などもするが、何かとうまくいかず・・・。
数年後、行方をくらましていた俊介が思わぬところで発見され、2人の道が再び交わることになる。
波乱万丈のストーリーを綴るのは、講談のような弁士のような地の語り。「~であります」「~でございます」と2人の青春を俯瞰しながら語っていく。神の視点のようでもあるが、舞台の外から演者たちの動きを追い、時に補足・解説する「イヤホンガイド」のようでもある。
時に実在の戦後風俗がちりばめられ、当時にタイムスリップする感覚も味わえる。著者は黒子として歌舞伎の舞台裏にしばらく密着していたのだそうで、「内側」の描写が生き生きとしているのはそのためだろう。
とはいえ、才能ある部屋子が抜擢されることはあるだろう(坂東玉三郎や片岡愛之助など)が、歴とした御曹司を押しのけて大名跡を襲名するか、というとなかなか難しいのではないだろうか。そういう意味で、本作は実世界と虚構の間のような、フィクションならではの不思議な空間を作り上げている印象を受ける。
歌舞伎も往々にして、史実をちりばめつつも独自の世界を作り出す。歌舞伎のみならず、伝統芸能では古典を基盤にして新たなテイストを持つ作品を作り上げることはよくあり、遡れば和歌の「本歌取り」につながる流れなのかもしれない。本作はどことなく、そんな連想もさせるつくりになっている。
さて、下巻はどうなるか。「国宝」は2人のどちらかが人間国宝となることを指すのか。楽しみに読み進めていきたいと思う。
→下巻
主人公は、長崎のヤクザの家に生まれた喜久雄。抗争で父を亡くした後、縁あって上方歌舞伎の名門、花井半二郎の部屋子(一般家庭の出だが、子役のころから幹部俳優にあずけられ、役者として必要なことを仕込まれる弟子)となった。半二郎には実子の俊介もおり、2人は切磋琢磨して芸の道を極めていく。
副題にもあるが、上巻はそんな2人の青春篇。
冒頭近く、喜久雄の父が襲われるのだが、その襲撃シーンがすでに芝居のようである。正月の料亭に、無頼の男たちが殴り込みをかける。女中らが逃げ惑う中、敵味方のヤクザが入り乱れて切り結ぶ。
宴席は新年を祝うもので、長崎では大きな組である立花組が毎年開く盛大なものだった。余興もいくつもあったが、中に親分の息子である喜久雄の芝居もあった。素人ながら光るものがあり、贔屓筋の伝手で列席していた上方役者、花井半二郎の目にもとまった。
喜久雄の父は襲撃事件のため、病院で死ぬ。紆余曲折を経て、喜久雄は半二郎に引き取られて部屋子となることになり、御曹司の俊介とともに厳しいけいこを積んでいく。
半二郎は立役(男役)の役者だったが、喜久雄も俊介も女形の素質があった。2人で臨んだ『二人道成寺』は大当たりとなった。戦後の当時、上方歌舞伎は斜陽の時代。古くからの芝居小屋は潰れ、漫才などの新しい芸能も台頭してきていた。そんな中で生まれたスターに上方歌舞伎界も起死回生かと沸き立つが、ことはそうスムーズには進まなかった。
大舞台を前に、半二郎が交通事故に遭う。その代役に抜擢されるのは御曹司の俊介だろうと誰もが思った。だが選ばれたのは喜久雄。任侠から才能でのし上がったというサクセスストーリーで売り出そうと興行元の会社が考えたのだった。しかし、俊介にとってショックだったのは、会社ばかりでなく、父である半二郎も喜久雄がふさわしいと考えたこと。俊介はそれが元で出奔。半二郎も病に倒れ、一人奮闘する喜久雄は東京への進出や映画界への挑戦などもするが、何かとうまくいかず・・・。
数年後、行方をくらましていた俊介が思わぬところで発見され、2人の道が再び交わることになる。
波乱万丈のストーリーを綴るのは、講談のような弁士のような地の語り。「~であります」「~でございます」と2人の青春を俯瞰しながら語っていく。神の視点のようでもあるが、舞台の外から演者たちの動きを追い、時に補足・解説する「イヤホンガイド」のようでもある。
時に実在の戦後風俗がちりばめられ、当時にタイムスリップする感覚も味わえる。著者は黒子として歌舞伎の舞台裏にしばらく密着していたのだそうで、「内側」の描写が生き生きとしているのはそのためだろう。
とはいえ、才能ある部屋子が抜擢されることはあるだろう(坂東玉三郎や片岡愛之助など)が、歴とした御曹司を押しのけて大名跡を襲名するか、というとなかなか難しいのではないだろうか。そういう意味で、本作は実世界と虚構の間のような、フィクションならではの不思議な空間を作り上げている印象を受ける。
歌舞伎も往々にして、史実をちりばめつつも独自の世界を作り出す。歌舞伎のみならず、伝統芸能では古典を基盤にして新たなテイストを持つ作品を作り上げることはよくあり、遡れば和歌の「本歌取り」につながる流れなのかもしれない。本作はどことなく、そんな連想もさせるつくりになっている。
さて、下巻はどうなるか。「国宝」は2人のどちらかが人間国宝となることを指すのか。楽しみに読み進めていきたいと思う。
→下巻
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:朝日新聞出版
- ページ数:0
- ISBN:9784022650085
- 発売日:2021年09月07日
- 価格:880円
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