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星落秋風五丈原
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『麒麟の翼』に登場する日本橋を作ったのは カンリョーだった
 一見造語のようだが、剛心とは建物の強さの中心のことであり、不動産用語だ。建物には重さの中心としての「重心」があるが、それとは別に、地震の時に、その地震に耐えようとする、その建物が持っている強さの中心点のことを「剛心」と呼ぶ。地震などで、建物に水平の力が加わった時、その力は重心にもっとも強く働く。しかし、建物の一番強い部分は剛心であるため、重心と剛心の距離が離れていると、そこに「ねじれ」が生じて建物に損傷を与えてしまう。これを避けるためには、耐力壁などをバランスよく配置して、重心と剛心の距離を近づけてやることが必要である。

 日本近代建築の雄、妻木頼黄が、“剛心”だと言いたいのだろう。といってもあまり知っている人はいない。しかし関わった建築物は知っているはずだ。例えば日本橋。今でこそ首都高が上を走って景観としても今ひとつだが、その昔は空がよく見えるいい橋だった。

 大審院、広島臨時仮議院、日本勧業銀行をはじめ、数多くの国の礎となる建築に挑み続けた建築家は、個人事務所を構えるという選択肢もあったが、あくまで官吏に拘った。彼と逆に独立の道を選んだのが「辰野堅固」こと辰野金吾である。英国留学後、大学教授を経て最初から個人事務所を構えた。妻木頼黄の説明として“大蔵省営繕の総元締めとして絶大なる権力を持っていた営繕官僚”と書いてあると、まるで辰野金吾の方が巨人に挑戦するダビデのようで、妻木の方が国の権力を笠に着てやりたい放題の今どきのザ・官僚の先祖のようだ。

 民に仕事を渡さない政府の悪い姿のようだが、本作での妻木の“言い分”は違う。“言い分”とはいっても、妻木が物“言う”わけではない。内面は一切吐露しない代わり、外務大臣・井上馨、大工の鎗田作造、助手を務めた建築家の武田五一、妻のミナをはじめ、彼と交わった人達の視点から、ブラックボックス妻木頼黄という存在を俯瞰的に読者に提示する。常に、幼い日に目にした、美しい江戸の町並みへの愛情を忘れず、皆が雪崩をうって欧化に走る姿を尻目に、西欧の技術を用いた江戸の再興を目指した。究極の目的として国会議事堂の建設があり、彼はあくまで国が創ることに拘ったが、辰野らはコンペに固執する。しかしこれも妻木に言わせれば、個人が創る建築は“さあどうです、すごいでしょう”と自分の個性を出す事に気を取られ、建物の持つ意義が置き去られてしまうと主張する。個性を出し過ぎることなく、予算を守りながら、後年に残せる頑丈な建物を創る。誰に対しても腰が低く、しなやかなようでいて、奥底に強い意思を秘めている。そんな建築家がいたと知ることができ、大変喜ばしい読書だった。

 妻木の建てた建築物には、今も残るものがある。さて、我々は容れ物に相応しい人物を、送り込めているだろうか。

木内昇作品
万波を翔る
雪夢往来
    • 現在の日本橋
    • 妻木頼黄
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星落秋風五丈原
星落秋風五丈原 さん本が好き!1級(書評数:2327 件)

2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。

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