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千世さん
千世
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全10編から成る短編集です。昭和45年に改題されるまでのタイトルはラストの「東京八景」。それは作者が自らの激動の半生をダイレクトに描いたトリにふさわしい作品です。一方の「走れメロス」は実に単純明快。
 タイトルは「走れメロス」ですが、10編の作品から成る短編集で、しかも表題作が登場するのは9番目です。またこの作品集の中で「走れメロス」はかなり特異な印象を与える作品で、最初の8作で作品のイメージができ上ってきたところで、いきなり全然違う印象の表題作が登場するのは、なんだか突飛な気がします。

 「作品解説」で明らかになるのですが、出版当初のタイトルは「東京八景」で、昭和45年に「走れメロス」と改題されたようです。なるほど。中学の教科書に掲載されて有名になった作品をタイトルにした方が売れる、とふんだからでしょうか。私としては、タイトルは「東京八景」の方がふさわしいと思います。

 とはいえ、「走れメロス」自体はなかなか面白い作品で、こういった作品集の中にひとつだけこういうのが差し挟まれているという趣向もまた面白いと思います。

 要するに、「走れメロス」は実に単純な物語なのです。邪知暴虐の王を殺そうと、単身で王城に乗り込んだ単純で愚かな牧人のメロスは、案の定あっさりつかまってしまいます。村で待つ妹に結婚式を挙げさせたいので、処刑まで3日の猶予がほしいと王に乞い、その間友人を人質として預けます。3日を過ぎると友人が身代わりに処刑されてしまうので、友人を救うためにただひたすら必死で走るというお話。単純で愚かだけれど正義感あふれる男の勝利です。世の中こうも単純にはいかないものですが、だからこそ人は時にこういう単純明快な物語を好みます。芝居になって舞台で大げさに演じられても面白いだろうなと思いました。激怒するメロス。走るメロス。まっぱだかのメロス。

 他の作品は、ユダの告白を描いた「駈込み訴え」を除いては、太宰自身を主人公にしたものと捉えられます。3度の自殺未遂を経て、ようやく作家として生活できるようになり、結婚もして、落ち着いた頃に書かれたものばかりだそうです。生活が落ち着いたことで、自らの半生を振り返ってみたくなったのかもしれません。6番目の「俗天使」の中で主人公に「人間失格」を書くと語らせていることから、当時からあの『人間失格』への構想がかすかかもしれないけれどあり、これらの短編集はそのためのスケッチのようなものかもしれない、とも思いました。単純とは程遠い人生です。

 そして最後が「東京八景」です。この作品では「私」が大学生になって東京で生活を始めてから、結婚して甲府で生活を始めた32歳までの半生が、淡々と綴られています。とはいえそれは明らかに太宰自身の半生。何度も生死の境をさまよったすさまじい人生がダイレクトに描かれます。この短編集全体のトリ、本のタイトルにふさわしい作品です。
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千世
千世 さん本が好き!1級(書評数:403 件)

国文科出身の介護支援専門員です。
文学を離れて働く今も、読書はライフワークです。

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