レビュアー:
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堀江さんは、知識、教養の宝庫だ。私たちの知らないことを、描く。一瞬とっつきにくい。でも、知らないうちに、淡麗な文章に取り憑かれている自分がいる。
雑誌「芸術新潮」に掲載されたエッセイを収録した本。
こんなことを言うと失礼だと思うが、書かれている内容や人物、その人の功績は殆ど知っている読者はいないような気がする。私も、もちろんそうなのだが、どこかに堀江さん自身が存在していて、登場人物と強くむすびつく。そこに現れる堀江さんの印象が鮮やかで、読んでいてわからないことが書かれているのだが、読むことを止められない不思議な魅力があるエッセイ集だ。
モーパッサンの短編「野あそび」の紹介がある。
パリのマルティール街で金物屋を営むデュフール氏が家族、丁稚を従え、馬車でセーヌ川の下流に向かう。「馬車はシャンゼリゼ通りを抜け、ポルトマイヨから壁の外にでる。クルブヴォワの交差点から見える地平線の広がりに一同驚嘆する。右手にはアルジャントゥイユの鐘楼、その先にサンノワの丘とオルジェモンの風車小屋」
モーパッサンは19世紀後半に活躍した作家。まだ車もない時代。
馬車でシャンゼリゼを走り、少し行くと風車小屋があったり、村々があったり。そんな今では信じられない大都市パリをモーパッサンと堀江さんを通して歩くことができる。
堀江さんが学生時代下宿に寄宿する。電話をする時は公衆電話のある所に走り、受ける場合はアパートの裏手に住んでいる管理人ご夫妻のご厚意で、夫妻の電話を使わせてもらっていた。電話が来ると、管理人の奥さんが、走って、アパートの階段を音を立てて上がってくる。
そして、堀江さんのドア口で「電話ですよ」と声をかけてくれる。堀江さんは、今度は奥さんと一緒に管理人さんの家へ走る。この間5分。その間電話の相手はじっと待っている。
そうそう、こんな時代が確かにあった。こんなことを、そうそうたる芸術家、作家に混じって堀江敏幸さんは書いてくれる。それで、私は無教養であっても堀江さんの読者であることをやめられない。
こんなことを言うと失礼だと思うが、書かれている内容や人物、その人の功績は殆ど知っている読者はいないような気がする。私も、もちろんそうなのだが、どこかに堀江さん自身が存在していて、登場人物と強くむすびつく。そこに現れる堀江さんの印象が鮮やかで、読んでいてわからないことが書かれているのだが、読むことを止められない不思議な魅力があるエッセイ集だ。
モーパッサンの短編「野あそび」の紹介がある。
パリのマルティール街で金物屋を営むデュフール氏が家族、丁稚を従え、馬車でセーヌ川の下流に向かう。「馬車はシャンゼリゼ通りを抜け、ポルトマイヨから壁の外にでる。クルブヴォワの交差点から見える地平線の広がりに一同驚嘆する。右手にはアルジャントゥイユの鐘楼、その先にサンノワの丘とオルジェモンの風車小屋」
モーパッサンは19世紀後半に活躍した作家。まだ車もない時代。
馬車でシャンゼリゼを走り、少し行くと風車小屋があったり、村々があったり。そんな今では信じられない大都市パリをモーパッサンと堀江さんを通して歩くことができる。
堀江さんが学生時代下宿に寄宿する。電話をする時は公衆電話のある所に走り、受ける場合はアパートの裏手に住んでいる管理人ご夫妻のご厚意で、夫妻の電話を使わせてもらっていた。電話が来ると、管理人の奥さんが、走って、アパートの階段を音を立てて上がってくる。
そして、堀江さんのドア口で「電話ですよ」と声をかけてくれる。堀江さんは、今度は奥さんと一緒に管理人さんの家へ走る。この間5分。その間電話の相手はじっと待っている。
そうそう、こんな時代が確かにあった。こんなことを、そうそうたる芸術家、作家に混じって堀江敏幸さんは書いてくれる。それで、私は無教養であっても堀江さんの読者であることをやめられない。
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昔から活字中毒症。字さえあれば辞書でも見飽きないです。
年金暮らしになりましたので、毎日読書三昧です。一日2冊までを限度に読んでいます。
お金がないので、文庫、それも中古と情けない状態ですが、書評を掲載させて頂きます。よろしくお願いします。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:0
- ISBN:9784104471065
- 発売日:2021年09月28日
- 価格:1980円
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