ぽんきちさん
レビュアー:
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言葉が流れる。風景が流れていく。
著者、井戸川射子。やや変わった名だが、「いどがわ・いこ」と読む。本名かペンネームかわからないが、なかなか尖った名である。
高校の国語科教師をしていて、詩が最も教えにくく、自分で書いたら理解できるかと書き始め、私家版で出した詩集で中原中也賞を受賞。
本書は、著者初めての小説集。野間文芸新人賞受賞。
本文170ページほどに、表題作「ここはとても速い川」と、小説第一作の「膨張」を収める。
さほどボリュームのある本ではない。が、するする入ってくるかというとそうではなく、咀嚼に少し時間がかかる。
比較的短めの文が改行なしでぽんぽんぽんと綴られる。
例えば、表題作の冒頭はこんな感じ。
本作の主人公・語り手は児童養護施設で暮らす少年、集(しゅう)である。少年の独白がこの調子で延々と続く。
取り立てて大きな事件は起こらない。少年の父も母も出て行ってしまい、祖母は病院暮らし。それで少年は施設で暮らしているわけである。けれどもその境遇を恨むとか苦しむとかではなく、彼は日々を生きる。生き生きと、というほどエネルギッシュではないが、淡々と、というほど達観している感じでもない。ただ何だろうか、彼は「現実」を「ありのまま」に生きている。
友だちの「ひじり」はどうやら父親に引き取られるようだ。施設の女の先生の中で、「ひじり」にだけ性的な話をしたがる人がいて集はちょっと気になっている。セクハラかというと微妙な感じ。そこが逆に生々しい。
少年の日常はさまざまな事柄で彩られる。
池のカメに餌をやる。ベーブ・ルースやファーブルの伝記を読む。「ひじり」と一緒に川で足を取られて流される。病院に見舞いに行くとばあちゃんが小銭ばかりでお小遣いをくれる。
子供の視点は揺らがない。集の話をそうか、そうかと聞く。
1文1文が詩のようでもある。
動画ではなく、ばばばばばと撮られた連続写真をずっと見ているような印象も受ける。
2作目「膨張」は1作目よりざらりとした触感である。
主人公は、住所不定で塾講師として働く若い女性あいり。同性愛者である。今の恋人はサディスティックなところがあるが、あいりは彼女に陶酔している。親族との関係は切れてはいないが、母親はあいりの生き方(アドレスホッパー)が理解できずにいる。恋人が女性であることも親族には告げていない。日々漂い、漂い続ける毎日。ある時、母に頼まれて実家に泊まった際、アドレスホッパーの懇親会で知り合った親子も一晩泊めてやる。だがその晩、子供が行方をくらませてしまう。そのあたりから、あいりの人生の軸が揺らぎ始める。
「膨張」とは、身体に溜められた想いが膨らみ張りつめ、やがて破裂を予感させるタイトルである。
1作目同様、短文が改行なしで綴られる。濃密さがやや息苦しい。
全体にやはり、「詩」のような小説だろうか。
その区分そのものに意味がないのかもしれないが。
著者は言葉で、一瞬一瞬、世界を描き取ろうとしている。
言葉が流れる。風景が流れていく。
高校の国語科教師をしていて、詩が最も教えにくく、自分で書いたら理解できるかと書き始め、私家版で出した詩集で中原中也賞を受賞。
本書は、著者初めての小説集。野間文芸新人賞受賞。
本文170ページほどに、表題作「ここはとても速い川」と、小説第一作の「膨張」を収める。
さほどボリュームのある本ではない。が、するする入ってくるかというとそうではなく、咀嚼に少し時間がかかる。
比較的短めの文が改行なしでぽんぽんぽんと綴られる。
例えば、表題作の冒頭はこんな感じ。
抜けていった乳歯は昔バザーで買った、カバン型の指輪ケースに入れていってんねん。水色で金色のビーズが付いて、開く音が気持ちいいやつ。溜まったんを両手に出して時々トイレで洗ってるん。福田先生がこの前授業で自分のへその緒を見してくれたけど、あんなんただの黒いかたまりやんな。全部がそろってるわけちゃうけど根もとの尖りがそれぞれ違って、ばあちゃんが見せてくれたことある象牙のブローチみたいな色やわ。・・・
本作の主人公・語り手は児童養護施設で暮らす少年、集(しゅう)である。少年の独白がこの調子で延々と続く。
取り立てて大きな事件は起こらない。少年の父も母も出て行ってしまい、祖母は病院暮らし。それで少年は施設で暮らしているわけである。けれどもその境遇を恨むとか苦しむとかではなく、彼は日々を生きる。生き生きと、というほどエネルギッシュではないが、淡々と、というほど達観している感じでもない。ただ何だろうか、彼は「現実」を「ありのまま」に生きている。
友だちの「ひじり」はどうやら父親に引き取られるようだ。施設の女の先生の中で、「ひじり」にだけ性的な話をしたがる人がいて集はちょっと気になっている。セクハラかというと微妙な感じ。そこが逆に生々しい。
少年の日常はさまざまな事柄で彩られる。
池のカメに餌をやる。ベーブ・ルースやファーブルの伝記を読む。「ひじり」と一緒に川で足を取られて流される。病院に見舞いに行くとばあちゃんが小銭ばかりでお小遣いをくれる。
子供の視点は揺らがない。集の話をそうか、そうかと聞く。
1文1文が詩のようでもある。
動画ではなく、ばばばばばと撮られた連続写真をずっと見ているような印象も受ける。
2作目「膨張」は1作目よりざらりとした触感である。
主人公は、住所不定で塾講師として働く若い女性あいり。同性愛者である。今の恋人はサディスティックなところがあるが、あいりは彼女に陶酔している。親族との関係は切れてはいないが、母親はあいりの生き方(アドレスホッパー)が理解できずにいる。恋人が女性であることも親族には告げていない。日々漂い、漂い続ける毎日。ある時、母に頼まれて実家に泊まった際、アドレスホッパーの懇親会で知り合った親子も一晩泊めてやる。だがその晩、子供が行方をくらませてしまう。そのあたりから、あいりの人生の軸が揺らぎ始める。
「膨張」とは、身体に溜められた想いが膨らみ張りつめ、やがて破裂を予感させるタイトルである。
1作目同様、短文が改行なしで綴られる。濃密さがやや息苦しい。
全体にやはり、「詩」のような小説だろうか。
その区分そのものに意味がないのかもしれないが。
著者は言葉で、一瞬一瞬、世界を描き取ろうとしている。
言葉が流れる。風景が流れていく。
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分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
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- 出版社:講談社
- ページ数:0
- ISBN:9784065225158
- 発売日:2021年06月01日
- 価格:1815円
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