ぽんきちさん
レビュアー:
▼
長期間獄中で生きた男は、人生を再スタートさせることができるのか
佐木隆三によるノンフィクション・ノベル。1990年に単行本が刊行、93年に文庫化されたが、絶版状態になっていた。
2020年に西川美和監督による「すばらしき世界」の原案とされたことを受けて、同年、復刊された。
20年発行のこの文庫版には、本編の他、後日談にあたる『行路病死人』、文芸評論家による解説に加えて、西川が復刊にあたって寄せた一文も収録されている。
舞台は昭和61年2月。
男がいる。受刑10犯である。13年という長い年月を獄中で過ごした男が出所する。東京の弁護士が身元引受人となる。男は極寒の旭川から列車に乗って東京に向かう。
最初の事件は「はずみ」のようなものだった。キャバレー店長をしていた男は、ホステスの引き抜きでトラブルになり、刀を持ったヤクザ者に襲われた。その刀を奪って逆にヤクザ者を斬り殺してしまった。
その後、服役中に受刑者や看守と幾度もトラブルを起こし、刑期は延びた。処遇困難者として各地の刑務所を渡り歩いた。
どうにか出所まで漕ぎつけ、今度こそ刑務所に舞い戻ることなく、社会で生き抜こうと思っている。
身寄りはない。持病がある。すぐには働けない男は、生活保護を受けながら、生活を立て直そうと奮闘する。
「身分帳」というのは、刑務所で受刑者の入所態度や経歴、行動、家族関係などを記していく書類である。受刑中に事件を起こせばさらにそこに記載される。
本書は、ノンフィクション・ノベルなので、男にはモデルがいる。実際の「身分帳」の記述を差しはさみながら、男の来し方行く末が小説として綴られていく。
療養しながら、今後を考える。車の運転手ならば口があるだろうが、服役中に運転免許証が失効している。仮免許扱いで技能試験に通れば再発行と言われたものの、そう簡単には合格しない。教習所に通いなおすことを勧められるが、何しろ金がないのである。
そんなこんなの日々に、アパートの住民や、町内会長も務める近所のスーパーの店長との交流がある。
ケースワーカーに勧められて独身者向けのパーティにも出てみる。
別れた女房とも再会する。
九州で極道をしている弟分に招かれて、かの地までの旅も楽しんだ。
大事件が起こるでもない、淡々とした筋運びだが、何だか読まされてしまう。
男は幾分頑ななところはあるが、基本、前向きに人生と取り組もうとしている。しかし、何だか、どこかが噛み合わない。
そもそも出生が軍人と芸者の間の子で、幼い時に施設に預けられている。そこを抜け出し、進駐軍のキャンプでマスコットのようにかわいがられた。一時は米軍関係者の養子になれそうだったが、うまくいかず、取り残された。以来、極道の道に入り、という人生だった。
要領が悪いというわけでもない。多少のずるさも持ち合わせている。頭も悪くはない。周りにそれなりに親切な人もいる。けれどもどうにもうまくいかないのである。
とはいえ、悲惨な話とばかりも言い切れない。端々に、どこか男の「かわいげ」が滲む。
手をかけて、よじ登ろうとするけれども、ひょいとは登れない。
全体としては頑張っているのにうまくいかない残念な顛末なのだが、生きていくってしょうもなくてうまくいかなくて、でも愛おしいよね、という思いがわいてくる。読みながら、男と並走するような気分になっていくのだ。
併録の『行路病死人』のタイトルを見て、「ああ、やっぱりうまくいかないのか」と嘆息する。そう、その通り、この”行路病死人”はこの男なのである。
但し、いわゆる「行き倒れ」というほど悲惨な末路ではなく、殺されたわけでもない。持病の悪化による病死である。
こちらは小説の要素はなく、ほぼノンフィクション。連絡を受けて親交があった著者が死亡した男の野辺の送りをする顛末である。著者は葬式を上げ、偲ぶ会も開く。『身分帳』は文学賞も受賞し、そこそこ売れた本ではあっただろうが、それだけではない。やはりそこには生身の人間のつながりがあったように感じられる。著者の視線の温かさが作品に滲み出ているのだろう。
男の人生には「戦争」が色濃く影を落とす。
正確には孤児ではないが、その人生は戦争孤児とも通じるところがあるだろう。
時代を背負うその人生を西川は現代に置き換えて映画にしたという。こちらも機会があれば見てみたいところだ。
西川の解説には、生前、男は『身分帳』を映像化するとしたら誰に演じてほしいかと問われ、照れながら「高倉健かなぁ・・・」と語ったとある。こんなところも憎めないところだろう。
さて実際、演じたのは役所広司。男はキャスティングに満足しただろうか。西川が、胸の内で男に語る言葉がじんわり沁みる。
2020年に西川美和監督による「すばらしき世界」の原案とされたことを受けて、同年、復刊された。
20年発行のこの文庫版には、本編の他、後日談にあたる『行路病死人』、文芸評論家による解説に加えて、西川が復刊にあたって寄せた一文も収録されている。
舞台は昭和61年2月。
男がいる。受刑10犯である。13年という長い年月を獄中で過ごした男が出所する。東京の弁護士が身元引受人となる。男は極寒の旭川から列車に乗って東京に向かう。
最初の事件は「はずみ」のようなものだった。キャバレー店長をしていた男は、ホステスの引き抜きでトラブルになり、刀を持ったヤクザ者に襲われた。その刀を奪って逆にヤクザ者を斬り殺してしまった。
その後、服役中に受刑者や看守と幾度もトラブルを起こし、刑期は延びた。処遇困難者として各地の刑務所を渡り歩いた。
どうにか出所まで漕ぎつけ、今度こそ刑務所に舞い戻ることなく、社会で生き抜こうと思っている。
身寄りはない。持病がある。すぐには働けない男は、生活保護を受けながら、生活を立て直そうと奮闘する。
「身分帳」というのは、刑務所で受刑者の入所態度や経歴、行動、家族関係などを記していく書類である。受刑中に事件を起こせばさらにそこに記載される。
本書は、ノンフィクション・ノベルなので、男にはモデルがいる。実際の「身分帳」の記述を差しはさみながら、男の来し方行く末が小説として綴られていく。
療養しながら、今後を考える。車の運転手ならば口があるだろうが、服役中に運転免許証が失効している。仮免許扱いで技能試験に通れば再発行と言われたものの、そう簡単には合格しない。教習所に通いなおすことを勧められるが、何しろ金がないのである。
そんなこんなの日々に、アパートの住民や、町内会長も務める近所のスーパーの店長との交流がある。
ケースワーカーに勧められて独身者向けのパーティにも出てみる。
別れた女房とも再会する。
九州で極道をしている弟分に招かれて、かの地までの旅も楽しんだ。
大事件が起こるでもない、淡々とした筋運びだが、何だか読まされてしまう。
男は幾分頑ななところはあるが、基本、前向きに人生と取り組もうとしている。しかし、何だか、どこかが噛み合わない。
そもそも出生が軍人と芸者の間の子で、幼い時に施設に預けられている。そこを抜け出し、進駐軍のキャンプでマスコットのようにかわいがられた。一時は米軍関係者の養子になれそうだったが、うまくいかず、取り残された。以来、極道の道に入り、という人生だった。
要領が悪いというわけでもない。多少のずるさも持ち合わせている。頭も悪くはない。周りにそれなりに親切な人もいる。けれどもどうにもうまくいかないのである。
とはいえ、悲惨な話とばかりも言い切れない。端々に、どこか男の「かわいげ」が滲む。
手をかけて、よじ登ろうとするけれども、ひょいとは登れない。
全体としては頑張っているのにうまくいかない残念な顛末なのだが、生きていくってしょうもなくてうまくいかなくて、でも愛おしいよね、という思いがわいてくる。読みながら、男と並走するような気分になっていくのだ。
併録の『行路病死人』のタイトルを見て、「ああ、やっぱりうまくいかないのか」と嘆息する。そう、その通り、この”行路病死人”はこの男なのである。
但し、いわゆる「行き倒れ」というほど悲惨な末路ではなく、殺されたわけでもない。持病の悪化による病死である。
こちらは小説の要素はなく、ほぼノンフィクション。連絡を受けて親交があった著者が死亡した男の野辺の送りをする顛末である。著者は葬式を上げ、偲ぶ会も開く。『身分帳』は文学賞も受賞し、そこそこ売れた本ではあっただろうが、それだけではない。やはりそこには生身の人間のつながりがあったように感じられる。著者の視線の温かさが作品に滲み出ているのだろう。
男の人生には「戦争」が色濃く影を落とす。
正確には孤児ではないが、その人生は戦争孤児とも通じるところがあるだろう。
時代を背負うその人生を西川は現代に置き換えて映画にしたという。こちらも機会があれば見てみたいところだ。
西川の解説には、生前、男は『身分帳』を映像化するとしたら誰に演じてほしいかと問われ、照れながら「高倉健かなぁ・・・」と語ったとある。こんなところも憎めないところだろう。
さて実際、演じたのは役所広司。男はキャスティングに満足しただろうか。西川が、胸の内で男に語る言葉がじんわり沁みる。
お気に入り度:







掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:講談社
- ページ数:0
- ISBN:9784065201596
- 発売日:2020年07月15日
- 価格:924円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。