書評でつながる読書コミュニティ
  1. ページ目
詳細検索
タイトル
著者
出版社
ISBN
  • ログイン
無料会員登録

ゆうちゃん
レビュアー:
実態不明の探偵クィン氏と常識人サタースウェイト氏のコンビ。彼等は常に男女の幸せの為に働く。ミステリでありながらプロットではなく雰囲気で読ませる。ご都合主義の筋書きでも好きにならずにいられない。
「クィン氏の事件簿」と題されているが、ハーリ・クィン氏はミステリ史上、もっとも実在性のない探偵と言える。実際に事件解決に動くのは本書の第一話「クィン氏登場」でクィン氏と知り合う62歳の老人サタースウェイト氏である。彼はドラマ好きの老紳士で、これまで観客に甘んじて人生と言うドラマを見てきたが、クィン氏と知り合い、一観客からセリフのある役者になった。

例えば、「クィン氏登場」では、大晦日のパーティーが舞台。登場人物は、ホストのトム・イヴシャムと妻ローラ、それにサタースウェイト氏とは旧知のアレックス・ポータルと、最近アレックスと結婚した妻エリナ、そして数人の青年。サタースウェイト氏がここで気付くのは「なぜエリナが髪を染めているのか」である。サタースウェイト氏の「化粧の法則」から彼女は外れている。他の男なら気づかないだろう。女性たちが寝た後、酒を飲みながらの男だけの話になる。話題はこの家の元の持ち主デレック・ケペルのことだ。数年前、彼はこの家で不可解な自殺をしている。その直前まで、彼は未来の花嫁に言及していた。実はイヴシャムはケペルの友人で、選挙に出る関係でどうしてもこの地区に住む必要があり、適当な物件がなくやむを得ず自殺した友人の家を買って住むことになったのだ。そこに雪の中、車が故障したと色の浅黒い男が現れる。クィン氏だった。彼もデレック・ケペルの知り合いである。飲み仲間に彼も加わり、デレック・ケペルの自殺の謎を巡る私設査問委員会が続行される。そんな過去の話を掘り返してもわからないだろうと言う意見を唱える者もいるが、クィン氏は違った。その時代の歴史家は後代の歴史家ほどには本当の歴史を書けないものだ。事実を正しい遠近の関係において見通せるのかと言う問題。時間の相対性の問題と言って良い。この言葉は度々この短編集に登場する。そしてクィン氏のさりげない質問で事実が徐々に明らかになってゆく。査問委員会の最後、サタースウェイト氏は重要なセリフを吐いて事件にけりをつけるのである。

この短編集のどの結末も男女のカップルが絡む。事件の解決によって幸福な男女の一組が生まれる場合もあれば(「海から来た男」、「ヘレンの美貌」、「世界の果て」など)、男女のわだかまりが解ける場合(「クィン氏登場」、「死せる道化師」など)もある。実は、この男女の問題の解決にはサタースウェイト氏の経歴も関係する。「闇からの声」ではサタースウェイト氏の若い頃の話が登場する。「ヘレンの美貌」のⅡの冒頭の記述は重要である。これらのサタースウェイト氏の経験が、彼を人生と言うドラマの観衆にしてしまい、クィン氏の導きでこれらの一連の事件に絡むようになると言う設定になっている。そしてサタースウェイト氏の経歴が、末尾の「ハーリクィンの小道」の最後の場面と平仄が会うように構成されている。因みに本書と同じ名前のサタースウェイト氏が「三幕の悲劇」に登場する。彼はこの事件でポワロの助手として働くが、犯罪捜査は初めてではないと言う。彼は「1921年に車がぶっ壊れて寂しい宿屋に泊った」と言うが、これは本書の「鈴と道化服亭」事件を想起させる。だがこの「鈴と道化服亭」事件は本書では1924年の事件で時間が一致しない。これは著者の勘違いか・・。

実際に事件を調べ、感性で動き、事件を解決するのはサタースウェイト氏であり、クィン氏は探偵と言ってもサタースウェイト氏にヒントを与え、勇気づけるくらい、本当に探偵と言えるのか?と言うキャラクターである。そもそも彼が事件解決のその場、その時に不意に現れる理由に必然性は全くない。悪く言えば本書はご都合主義の塊である。そんな短編集なので、「ヘレンの美貌」(遠隔殺人)や「死せる道化師」(密室トリック)のような例外を除き、推理して楽しむ作品とは言えない。むしろ、推理小説のプロットなどはどうでもよく雰囲気を楽しむ小説である。その日の殺人を解決する短編もないわけではないが、大概の作品は年単位の過去の事件の掘り起こしであり、クィン氏の主張する「時間の相対性」で解決する。自分が最も気に入っているのが冒頭の「クィン氏登場」と「鈴と道化服亭」の事件である。いずれも外は雪か嵐、事件は家の中での酒か食事での語らいで解決される。僕は、これまでプロット構成に重きを置いてミステリ作品を評価したが、この作品集だけは、プロットなど度外視してよい雰囲気で読ませる小説として評価したい。この作品集だけは、自分の好みから外れていながら魅力を感じてしまう。
お気に入り度:本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント本の評価ポイント
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
ゆうちゃん
ゆうちゃん さん本が好き!1級(書評数:1681 件)

神奈川県に住むサラリーマン(技術者)でしたが24年2月に会社を退職して今は無職です。
読書歴は大学の頃に遡ります。粗筋や感想をメモするようになりましたのはここ10年程ですので、若い頃に読んだ作品を再読した投稿が多いです。元々海外純文学と推理小説、そして海外の歴史小説が自分の好きな分野でした。しかし、最近は、文明論、科学ノンフィクション、音楽などにも興味が広がってきました。投稿するからには評価出来ない作品もきっちりと読もうと心掛けています。どうかよろしくお願い致します。

読んで楽しい:2票
参考になる:22票
共感した:3票
あなたの感想は?
投票するには、ログインしてください。

この書評へのコメント

  1. No Image

    コメントするには、ログインしてください。

書評一覧を取得中。。。
  • あなた
  • この書籍の平均
  • この書評

※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。

『クィン氏の事件簿』のカテゴリ

フォローする

話題の書評
最新の献本
ページトップへ